ナチスの犯罪に対する負い目

 ショルツ首相は、メルケル前首相の路線を継承して、ハマスによる大規模テロという危機的な事態において、イスラエル支持の姿勢を改めて打ち出した。ドイツのイスラエル寄りの姿勢の背景には、ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺に対する「負い目」があるのだ。

 読者の中には、「ショルツ首相の声明にはパレスチナ人に対する同情が表れていない。『天井のない牢獄』と呼ばれるガザで多くの市民が苦しんできたこと、2008年のイスラエル軍のガザ侵攻によって、多数のパレスチナ市民が死亡したことに対する怒りと憎しみが、今回のハマスの攻撃につながった」と考える人もいるだろう。

 多くのパレスチナ人は、「イスラエルこそテロ国家」と考えているに違いない。だが現在のところ、ドイツを含むEU(欧州連合)加盟国の政府は、一丸となってイスラエルを支持している。主要メディアでも、「イスラエル人とパレスチナ人の紛争は、どっちもどっち」とか「イスラエルも悪い」という論調は全く見られない。

 ドイツ政府は、イスラエルに対する軍事支援にも踏み切る。ドイツ国防省の10月12日付の発表によると、同国のボリス・ピストリウス国防大臣は10月12日、「イスラエルからリースされている2機の「ヘロン」型ドローンを返還する他、軍事資材や医療物資も供与する」と語った。

 同国の緑の党の議員たちの間からも、イスラエルに対して武器を供与するべきだという意見が出ている。同党のアンナレーナ・ベアボック外務大臣は、「イスラエルは自衛する権利がある」と語った。

 イスラエルは1967年6月の六日間戦争で、エルサレム東部やヨルダン川西岸などを占領した。国連の安全保障理事会は同年11月に採択した決議第242号の中で、イスラエルに対して占領地からの撤退を要求した。イスラエルはこうした決議を無視して、ヨルダン川西岸地区に、イスラエル人の入植地を建設している。占領地域に住むイスラエル人の数は、60万人に達する。

 欧州諸国は、「イスラエルの入植地建設は国際法に違反する行為だ」として批判してきたが、イスラエルに対して経済制裁などの厳しい措置は取らなかった。つまり、国際法に違反する状態が長年にわたって放置されてきた。このこともパレスチナ人が「国際社会はダブルスタンダード(二重標準)を使っている。我々は忘れ去られている」という不満を抱く原因となっている。

 しかもイスラム諸国は1970年代に比べるとパレスチナ問題に強い関心を抱いていない。21世紀には、むしろイスラエルと経済関係を深めたいと考える国が増えている。2020年9月にアラブ首長国連邦が米国の仲介でイスラエルと外交関係を樹立したのは、その一例である。

 読者の中には、「パレスチナのテロ組織やヒズボラ(神の党)から攻撃されると、なぜイスラエルは不釣り合いなほど強大な軍事力を投入し、倍返しで反撃するのか」と不思議に思う人が多いだろう。確かに、過去のガザ地区での戦闘の詳細を読むと、民間人に死傷者が出ても気にしないイスラエル軍の振る舞いは、やり過ぎと感じられる。

 たとえば、2009年のガザでの戦闘では、イスラエル軍の戦車がパレスチナ人医師イゼルディン・アブエライシュ氏の家を砲撃した。このため、アブエライシュ氏の14~21歳の娘3人が即死し、1人が重傷を負った。そのうち2人の娘の首は、爆風によって胴体からもぎ取られ、天井には脳漿が飛び散っていた。

ガザ地区に迫る壊滅の危険

 イスラエル軍はパレスチナのテロ組織のメンバーを掃討するためには、パレスチナ市民に犠牲が出ることもいとわない。イスラエルの非情さの背景にも、過去の経験がある。ナチスによる迫害など、1945年までにユダヤ人たちが味わった辛酸、そして建国後の幾多の戦争が、イスラエルを強大な軍事国家にした。

 1948年にイスラエルが建国されてからこの国が最初に体験したのは、各国政府からの祝福ではなく、周辺諸国からの武力攻撃だった。つまりイスラエルは生まれた直後から、戦争を体験してきた。この国は、原則として自分の武力しか信用しない。今中東で起きているのは、かつて被害者だった人々の国が、強大な武力で別の民族を圧迫するという、暴力の連鎖である。

1948年5月14日にイスラエル建国を宣言するダビッド・ベングリオン初代首相[写真:テルアビブの建国記念館にて筆者撮影]1948年5月14日にイスラエル建国を宣言するダビッド・ベングリオン初代首相[写真:テルアビブの建国記念館にて筆者撮影]

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