「イスラエルの安全を守ることはドイツの国是」
さて10月8日にショルツ首相が発表した声明の中に、興味深い言葉がある。それは、「イスラエルの安全を守ることは、ドイツの国是(Staatsräson)だ」という言葉である。これはアンゲラ・メルケル前首相が今から15年前にイスラエル議会(クネセト)で行った演説の中で使った言葉である。
2008年3月18日、メルケル首相(当時)は、クネセトで約24分間にわたって演説した。イスラエルが建国60周年を迎えたことに敬意を表すためである。この演説は、ドイツとイスラエルの歴史の中で最も重要な演説の一つである。
彼女の演説の中では、歴史認識が重要な位置を占めた。ドイツの首相が、ナチスによる弾圧の最大の被害者、ユダヤ人たちの前で歴史認識について語る。これは、地雷原を歩くような、緊張を強いる作業だ。
クネセトの演壇に、黒いスーツに身を固めたメルケルが立った。普段は冷静沈着な態度で知られるメルケルも、さすがにこの日は、緊張のために顔をこわばらせていた。彼女は、慎重に言葉を選びながら、こう語った。
「(ナチスによる犯罪という)ドイツの歴史の中の道徳的な破局について、ドイツが永久に責任を認めることによってのみ、我々は人間的な未来を形作ることができます。つまり我々は、過去に対して責任を持つことにより、初めて人間性を持つことができるのです」
「ドイツの名の下に行われた大量虐殺により、600万人のユダヤ人が犠牲になりました。このことはユダヤ人、欧州、そして世界に表現しようのない苦しみをもたらしました。ショア(ユダヤ人大量虐殺)は、我々ドイツ人を恥の気持ちで満たします。ショアは、人間の文明を否定した行為であり、歴史に例がありません。私は犠牲者、そしてユダヤ人を救った人々の前に頭(こうべ)を垂れます」。メルケルはこう述べて、ユダヤ人たちに対して謝罪した。
さらにメルケルは、「ナチスの残虐行為を相対化しようとする試みには、敢然と立ち向かいます。反ユダヤ主義、人種差別、外国人排斥主義がドイツと欧州にはびこることを、二度と許しません」と誓った。そして彼女は、「このドイツの歴史的な責任は、ドイツの国是の一部です。ドイツ首相である私にとって、イスラエルの安全を守ること、これは絶対に揺るがすことができません」と断言した。
この言葉によって、ドイツはイスラエルが紛争に巻き込まれた場合、原則としてイスラエル側に立つというメッセージを全世界に送った。
イスラエルの国会議員たちは、演説が終わると席から立ち上がり、長々と拍手を送った。
メルケルの演説は、イスラエルの知識人の間で高く評価された。ハイファ大学国家安全保障研究センターのダン・シュフタン教授は、私とのインタビューの中で次のように述べて、この演説を称賛した。「メルケルは、イスラエルが占領地域に入植地を建設していることについては、批判的だ。このためネタニヤフ首相とも仲が悪い。しかし彼女は、この演説によって自分がイスラエルの友人であり、将来もイスラエルの側を離れないという姿勢をはっきり示した。私はベルリンでメルケルに会った時、『あなたの演説には感銘を受けました』と伝えた」。
シュフタン教授は、私とのインタビューの中で、「我々イスラエル人は、ドイツ人が歴史から教訓を真に学んだことを理解している」と断言した。彼は「メルケル首相の謝罪は、本物だ。ドイツ人は過去についての教訓を非常に良く学んだために、平和主義の傾向が強くなり、国外での軍事活動に消極的だ。私は、ドイツがすでに民主主義国家になっているのだから、紛争地域での平和維持軍に参加し、国際的な危機管理についてもっと積極的な役割を果たしてほしいと思っている」と語る。彼によると、ドイツの多くの市民の間で根強い平和主義は、ナチス時代の過去を反省する思想が根付いたことの裏返しである。
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