200人を超えるイスラエル人・外国人が人質に

 バイデン政権の発表によると、死者の中には22人の米国人も含まれている。その理由は、イスラエルが二重国籍を認めているからだ。外国に住むユダヤ人も、希望すればイスラエルのパスポートを取得できる。米国のユダヤ人の中には、この国に移住する者が少なくない。共同農場で働いていたネパール人、タイ人、フィリピン人の労働者たちもハマスの凶弾に倒れた。

 イスラエル国防省の10月20日の発表によると、ハマスのテロリストたちは約200人のイスラエル人・外国人を誘拐してガザ地区に連行し、人質にした。その内30人が未成年で、20人が60歳を超えている。10月20日付のロイター電子版によると、少なくとも20人の米国人が10月7日以来行方不明になっている。10月14日のドイツ外務省の発表によると、ドイツ国籍も併せ持つイスラエル市民8人が人質にされている。

 ハマスは、「イスラエル軍がガザ地区への総攻撃を始めた場合、人質を処刑してその映像をインターネット上に流す」と発表した。人質には、米国人、ドイツ人も含まれている。

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 米国が、テロリストとの近接戦闘や人質救出のための訓練を積んでいる特殊部隊デルタ・フォースとネイビー・シールズの隊員をイスラエルに送り、イスラエル軍のガザ地区での救出作戦を支援するという報道もある。10月18日のドイツ公共放送連盟(ARD)の報道によると、ドイツ連邦軍も、人質救出や対テロ戦闘に習熟した特殊部隊KSKをイスラエルに近いキプロスに派遣した。イスラエル軍も、200人近い人質を敵地から救い出すという作戦の経験はないからだ。

 イスラエル軍の発表によると、ハマスは10月7日以来、約2200発のロケット弾を、イスラエルに向けて発射した(ハマスの発表は、5000発)。イスラエルの防空ミサイルシステム「アイアン・ドーム」も、これだけ多数のロケット弾を全て迎撃することはできなかった。一部のロケット弾はイスラエル南部の住宅街や病院などに落下し、死傷者を出した。

 同国のネタニヤフ首相は、10月7日に戦争状態を宣言し、30万人の予備役兵士を動員した。彼は「この戦争は試練に満ちたものになり長期化する」と断言した。普段は余裕に満ちたネタニヤフ氏の表情には、苦悩と狼狽がはっきりと表れていた。

 いま多くのイスラエル人たちは、自国内で起きた惨劇に茫然としている。私の知人のイスラエル人女性は、「これは悪夢だ」と語った。イスラエルの主要都市テルアビブ在住の作家リジー・ドロンさんは、ドイツの日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)のインタビューで、「私はこの国が安全な故郷だと思っていたが、それは間違いだった。イスラエルが自分の祖国であるという気持ちが薄れた。ハマスの大規模テロ以降、この国は以前と違う国になってしまうだろう」と語っている。

 イスラエルの都市ハイファに住むオファー・ワルトマンさんも、ARDのニュースサイトで「10月7日以来、悪い夢を見ているかのようだ。時間が経つにつれて、家族や友人を殺されたり誘拐されたりした人々からの報せが届く。この野蛮な出来事を、どうやって子どもたちに説明したらよいのかわからない」と不安をぶちまけている。

 これらの証言から、10月7日の大規模テロはイスラエル人にとって、米国で2001年に起きた大規模テロ9・11に匹敵する出来事であることがわかる。イスラエル人たちからは「10月7日以降のイスラエルは、それ以前のイスラエルとは違う国になった」という声をよく聞く。つまり彼らは、民家にテロリストが押し入り、市民を虐殺するような事態がイスラエル国内で起こるとはこれまで夢にも思わなかったのだ。10月7日は、イスラエルの「不敗神話」、「安全神話」を打ち砕いた。

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