10月7日以降、イスラエル空軍はガザ地区のハマスの拠点を繰り返し爆撃している。国連難民高等弁務官(UNHCR)の10月17日の発表によると、この空爆により子どもを含む4200人が死亡し、約1万2500人が重軽傷を負った。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は、同局の職員14人がイスラエル軍の空爆によって死亡したと発表した。子どもや国連職員まで殺害されるのでは、無差別爆撃と批判されても仕方がない。

 イスラエルは地上戦の開始を前に、ガザ市の住民に対し、ガザ地区南部に避難するよう勧告。このためガザ市民約100万人が、住居を追われた。

 イスラエル政府は、一時ガザ地区への電力、天然ガス、水、食料などの供給を全て停止した。これに対しEU加盟国は、「ガザ地区への人道的援助を停止すると、逆に市民の欧米に対する恨みとハマスに対する支持が強まる恐れがある」として、食料や医薬品などの人道的援助は続ける方針だ。

 イスラエル政府は10月19日に、エジプトからの人道援助物資のガザ地区への搬入を許可したが、ガザ難民たちへの食料や水の供給はまだ始まっていない。

 イスラエル地上軍がハマスを壊滅させるためにガザ地区に侵攻するのは、時間の問題だ。1000人を超える同胞を殺されて憤怒に燃えたイスラエル軍の将兵たちは、ガザ地区でハマスのメンバー、市民を見境なく殺傷する危険がある。ガザ地区の市民は、過去の戦争を上回る破壊と暴力を経験するだろう。

 ガザ地区での地上戦で多数の死者が出た場合、ドイツやフランスなど欧州諸国に住むイスラム教徒たちが強く反発して、反ユダヤ主義が強まる危険もある。ベルリンでは10月18日に何者かがシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝施設)へ向けて火炎瓶を投げた。ドイツ、フランス、英国、トルコなどでもパレスチナ人を支援し、イスラエルを非難する市民のデモが多発している。10月13日にはフランス北部のアラスの学校でフランス人教師が「アラーは偉大だ」と叫ぶ男に刺殺された。10月17日には、ISISを信奉するチュニジア人が、路上で通行人2人を自動小銃で射殺した。

 捜査当局は、いずれの事件の背景にもイスラエルとハマスの間の戦争があると見ている。今後欧州では、2010年代後半のように、イスラム過激組織による無差別テロが増える可能性がある。

なぜ諜報機関は予兆をつかめなかったのか

 私は、今回のハマスの大規模テロ「アル・アクサ洪水作戦」の一報を聞いて、「なぜイスラエルの諜報機関モサドやシン・ベトはこれほどの作戦を事前に察知できなかったのか」と不思議に思った。

 10月7日は、シムハット・トーラ(律法感謝祭)というユダヤ教の祝日だった。ちょうど50年前の1973年のユダヤ教の祝祭ヨム・キップール(贖罪の日)にアラブ諸国がイスラエルを一斉に攻撃し始めた時、同国が事前にその予兆を察知できず、多数のイスラエル兵が戦死したのに似ている。祝日を狙って大攻勢を始めるというのは、戦争で時々使われる手だ。

 それにしても、ガザ地区周辺の警戒は手薄だった。音楽祭の会場でテロリストに襲われ、灌木などの陰に隠れて生き延びた若者たちは、「最初のイスラエル軍兵士が現場に到着するまで、9時間もかかった」と証言している。イスラエルが四国くらいの大きさの小国であることを知っている私には、なぜこんなに時間がかかったのか理解できない。

 ハマスは3000発を超えるロケット弾を製造し、小型エンジン付きのパラシュートによるイスラエル侵入という新戦法も準備していた。殺害されたテロリストの軍服からは、詳細な作戦命令書も見つかっており、この作戦が周到に準備されていたことがわかる。モサドやシン・ベトなど世界で最も優秀な諜報機関を持っていると言われたイスラエルが、これほど大掛かりな作戦の予兆をキャッチできなかったことは、驚きである。

「中東で最も強大な軍事国家イスラエル」のイメージが深い傷を負い、「イスラエルに痛手を負わせることは可能だ」というメッセージを世界中に送ったことは、ハマスにとって一定の「戦果」だ。

 私自身、テロに対するイスラエルの警戒態勢が、過去に比べて緩んできたという印象を持っていた。

11回訪れたイスラエルで受けた印象

 私はNHKで8年間記者として働いた後、1990年からドイツのミュンヘンに住み、フリージャーナリストとして欧州諸国について取材、執筆を行っている。その過程でイスラエルにも強い関心を持ち、2003年以来11回訪れた。ドイツが過去に犯した犯罪について理解するためには、さらに中東情勢を始めとする国際問題について報じるためにも、イスラエルという国を知ることが不可欠だからだ。

 私がイスラエルで学んだことは、この国ほど世界で治安の確保にコストと時間をかけている国はないということだった。

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