NATOのサミットに出席しイェンス・ストルテンベルグ事務総長と握手するウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領(8月12日、NATOのサイトより)

 領土奪還を目指して、ウクライナ軍が6月初旬に開始した反転攻勢は、ロシアの強固な防御ラインを前に苦戦を強いられている。

 ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、8月8日に公開した中南米メディアとの会見の動画で、「誰もが望むよりも遅く進んでいる。これほど長く戦い、兵器が不足していれば非常に難しい」と述べ、思うようなペースでは進んでいないという見方を示した。

 その上で「反転攻勢とは進軍することであって後退はしない。ウクライナが主導権を握っているのはいいことだ」として、今後も反転攻勢を続けていく姿勢を強調した。

 このようにウクライナ戦争が、長期化し、消耗戦になる様相が色濃くなってきたのも事実である。

 消耗戦とは、敵軍の物的交戦能力(兵員、装備、施設等)を殺傷・破壊することによって敵を疲弊させ、降伏や政治的解決を強制することを狙った戦い方である。

 消耗戦は、長引けば長引くほど、ウクライナより人口が多く、経済力でも軍事力でも優位にあるロシアが有利になることは明らかである。

 また、戦争の長期化は、欧米各国の「ウクライナ支援疲れ」を掻き立て、世論の動き次第では、今後のウクライナへの軍事支援態勢に影響が生じる恐れもある。

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の狙いはそこにあるとみられる。

 もともと、欧州では「ウクライナにロシアとの交渉を促すべき」という立場の「和平派」と「ウクライナの徹底抗戦を支援すべき」という立場の「正義派」の2つの立場が対立している。

 そうした中、この7月から8月にかけて、2人の影響力のある人物から、ウクライナは領土を割譲してもロシアとの停戦を進めるべきだという提案がなされている。

 一つは、NATO(北大西洋条約機構)事務総長官房長(事務総長の首席補佐官的な役割)のスティアン・イェンセン氏の発言だ。

 解決策の一つとして、ウクライナが領土を放棄し、その見返りにNATO加盟国の資格を得るということもありうると述べた。

 もう一つは、前ウクライナ大統領府長官顧問オレクシー・アレストビッチ氏の提案である。

 ウクライナ全領土をキーウ側とロシアの間でそれぞれの実効支配地域ごとに分割し、ウクライナ政府側がほぼ現状のまま全土の約80%、ロシアが約20%を占有することを前提として、ウクライナのNATO加盟が認められることを提案した。

 安保問題専門家であるアレストビッチ氏の言動は、世界中のウクライナ・ウォッチャーから注目されている。

 話は変わるが、ウクライナが旧ソ連邦から独立した記念日である8月24日、ウクライナ軍の特殊部隊がロシアに占領されている南部クリミアの海岸に一時上陸した。

 上陸している間、特殊部隊はウクライナの国旗を掲げたという。ロシア側と戦闘になったが、部隊は死傷者を出さずに撤収したとされている。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、この上陸作戦の前日23日に開催された国際枠組み「クリミア・プラットフォーム」の首脳会合で「他の占領地と同様、クリミアは占領から脱する」「領土では交渉しない」と語った。

 ゼレンスキー大統領は、ロシアが実効支配するクリミア半島にウクライナ軍を上陸させ、南部4州だけでなくクリミアも奪還するという強い決意を新たに示した。

 ロシアによる侵攻が始まって1年半、ウクライナと同国政府は生き残っただけではなく、反撃を仕掛けている。

 そして、軍だけでなく国民が国を守ろうと戦い続け、ウクライナは存続している。しかし、西側からの軍事支援がなければ戦えない。

 ところが、ロシアによる核の脅威により、西側諸国のウクライナへの軍事支援は慎重にならざるを得ない。

 本稿では、様々な制約の中で、停戦交渉について、ゼレンスキー大統領はどのような決断をするかについて考えてみたい。

 本稿では、初めに欧州各国の「和平派」と「正義派」について述べ、次に、NATO事務総長官房長発言の概要について述べ、次に、オレクシー・アレストビッチ氏の提案の概要について述べる。

 最後に、停戦協議提案の背景とゼレンスキー大統領の決断について述べる。