2010年4月のキーウにて、翌月に行われる対独戦勝記念日の軍事パレードに向けた予行演習の様子(写真:ロイター/アフロ)

(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

 12年前の5月9日、私はウクライナの首都キーウにいた。その日は、ナチス・ドイツが降伏した日で、旧ソビエト連邦にとっては戦勝記念日に当たる。ロシアの首都モスクワの赤の広場で毎年、祝勝パレードが行われるように、キーウの独立広場でも大統領が参席してのパレードが行われていた。

ホテル・ウクライナから見た戦勝記念パレード

 その独立広場を見下ろすように建てられた「ホテル・ウクライナ」に滞在していた私は、朝早くにドアをノックする音で起こされた。大統領(当時は親ロシア派のヤヌコーヴィチだった)のSPで、そのまま室内に入ってひと通り内見したあと、こう警告された。

キーウのホテル・ウクライナ(写真:AP/アフロ)

「窓際に立つな。カメラを構えでもしたらライフルのスコープと見なして射殺する」

 だから、窓から少し離れてパレードを見ていた。それから、独立広場に出て、特設ステージで軍服や民族衣装を着て歌うイベントを見物した。広場の中央に聳え立つ独立記念塔の周囲では、子どもたちがその音楽に合わせて、はしゃぐように踊っていた。平和だった。

12年前の5月9日のキーウにて、ホテルの部屋より撮影した「戦勝記念日」の朝の独立広場(筆者撮影)