浜松市にある三方ヶ原の戦いの古戦場

 NHK大河ドラマ『どうする家康』で、新しい歴史解釈を取り入れながらの演出が話題になっている。第16回放送「信玄を怒らせるな!」では、浜松に居城を移した徳川家康は武田信玄を警戒。信玄のライバルである上杉謙信との同盟を組もうとしたが、そのことが発覚し・・・。いよいよ信玄との激突も間近となり、緊張感あふれる内容となった。その見所について、『なにかと人間くさい徳川将軍』の著者で、偉人研究家の真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)

井伊直政の家康への憎しみはいつ敬愛へと変わるのか?

 それぞれの戦国大名がいかに領地を拡大したのか、と思いを馳せるとき、ついつい合戦の勝敗ばかりに目が行きがちである。しかし、戦に勝つことはゴールではなく、その地を新たに治めていくスタートにすぎない。

 思えば、家臣のマネジメントに心を砕きながら、効率的な領地経営を行うために尽力する戦国大名の姿は、現代の経営者とよく似ている。そんな思いから『企業として見た戦国大名』という本を書いたりもしたが、新たに領地を治めることの難しさを描いた放送回となった。

 ドラマは、家康が少年に襲われるシーンからスタート。娘を装って家康に刃を向けた少年は「お前のせいで俺の家はめちゃくちゃになった。お前がすべての元凶じゃ!」と叫んだ。遠江の地では家康は歓迎されておらず、お金をばらまき調略を行っていた信玄にみなが心を奪われていることを思い知らされる。

 主君が危うく命を落としかけたこともあって、家臣たちは当然、少年を処刑しようとするが、家康はこれを制止。次に少年に再会したときにこそ、自身の統治者としての真価が問われると考えたようだ。ドラマで家康は家臣たちにこう語りかけた。

「さらなる敵となっているか、味方となっているかは我らの行い次第」

 家康はかつて三河国内の一向宗信徒が蜂起して苦しめられた経験を持つ。三河をまとめあげていくにあたって、数々の苦労をしてきたからこその成長がみられる、印象深いセリフだったように思う。

 家康に助命された少年は、家臣から「感謝を伝えろ」と言われるが、素直に応じるような性格でも状況でもない。ただ、家康をにらみつけて「井伊虎松、我が名じゃ」とだけ述べて、去って行った。

 井伊虎松といえば、のちに徳川四天王に数えられる井伊直政のことである。一向一揆でやはり敵側について除名された本多正信と同じく、これからどのように家康を支える重臣になっていくのか。今後の見所のひとつといえるだろう。