損害賠償の世界にある3つの基準とは?
先に紹介した『交通事故 被害者家族のための 刑事・民事・保険 手続き安心ガイド』の著者である、だいち法律事務所の藤本一郎弁護士は、交通事故の被害者と損保会社の間に横たわる大きな力の差についてこう語ります。
「多くの被害者は交通事故に遭うのは初めてだと思います。このため、被害者はその対応について十分な知識を持っていません。対して、保険会社の担当者は、社内で研修を受けたり、数多くの交渉に直接関わったりしているため、十分な知識と経験を有しています。被害者はどう対応したらよいかわからないまま、保険会社の担当者の説明を疑わずに受け入れてしまいがちですが、安易に示談に応じてしまうと、それで終わってしまいます。納得できない場合には、被害者側も交通事故の事案を多く取り扱った経験のある弁護士に相談することが大切です」
冒頭のケースでは、損保会社の主張に納得できなかった井出さん夫妻は、悩んだ末に弁護士に相談し、民事裁判を提訴しました。そして、損保側の主張がメディアで報じられると、障害者差別ともとれるその内容に聴覚や視覚に障害のある弁護士らが異議を唱え、彼らを中心として、30名を超す大弁護団が結成されています。
藤本弁護士はこう続けます。
「賠償金額を算定するときの基準には、『自賠責基準』『任意保険基準』『弁護士基準(裁判基準)』という3つがあります。このうち、賠償金額は『弁護士基準』が最も高く、『任意保険基準』、『自賠責保険』の順に少なくなります。現実に弁護士に依頼していない場合、保険会社が提示してくる金額は、『任意保険基準』にしたがっていることが多いのですが、中には低額の『自賠責基準』で計算されているケースもあります。しかし、被害者が弁護士に依頼すれば、『弁護士基準』での計算に変更されるため、受け取れる賠償金が多くなるのが通常なのです」
私自身、交通事故裁判を数多く取材する中で、この3つの基準の差を実際に見てきました。しかし、被害者側が弁護士に依頼して裁判を起こしても、損保会社側の主張を覆すことができないケースもあり、被害者が個人で交渉することがいかに困難であるかを痛感しています。
交通事故に遭い、ただでさえ心身共に弱っている被害者・遺族は、闘う気力を失いがちです。しかし、どれほど辛くても、泣き寝入りだけは禁物です。被害者の視点で書かれた本やネットの情報を集めて理論武装し、損保会社の提示が適正かどうか、まずはしっかり見極めることが大切です。