地方選における李在明候補の支持者(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

(立花 志音:在韓ライター)

 6月1日に韓国統一地方選挙が行われた。結果は尹錫悦(ユン・ソンニョル)新大統領が率いる「国民の力」の圧勝だった。4年前に行われた前回の結果と比べてみると、オセロのコマが8割方ひっくり返ったかのようだ。

 この国は、世論による風に民意が影響されやすい。大統領就任式から1カ月、尹錫悦氏の国民からの評判は悪くない。大統領夫人、金建希(キム・ゴンヒ)女史の人気も手伝って、ハネムーン期間の恩恵を最大限に受けた選挙結果と言えるかもしれない。

 しかし、筆者の目を引いたのは地方選挙そのものではなかった。今回の地方選挙では、候補者配置などによって生じた、国会議員議席の欠員を補う補欠選挙が同時に行われており、そちらの方が気になった。

 ソウル江南地区の南側にあるベッドタウン、京畿道城南市からは安哲秀(アン・チョルス)氏が国会議員に立候補し、当選した。彼は先の大統領選挙に立候補したが、投票日直前に辞退して尹錫悦大統領の支持に回った人物だ。

 彼は医師であるが、大学病院に勤務医として勤めながらウイルス対策ソフトの研究開発をするなど多才で、のちに起業した「アンラボ」は韓国最大のコンピュータセキュリティ企業に成長した。

 安哲秀氏は李明博政権時代に、次期大統領選挙の候補者世論調査で朴槿恵元大統領を抜いてトップに立ち、世論に担ぎ出される形で政治の世界に踏み込んだ。しかし、朴槿恵大統領が当選する2012年の選挙では一度は出馬を表明しながらも、民主党の文在寅氏(前大統領)との折り合いをつけられずに辞退している。

 翌2013年の国会議員補欠選挙では、無所属でありながら、当時の与党セヌリ党候補に大差をつけて当選したことで、野党勢力再編成の中心的人物になるのではないかという世論が、巻き起こった。

 その後、新党結成を経て、2017年の大統領選挙に立候補するが、腹心に恵まれず、鳴かず飛ばずの時期を過ごすことになる。国民が新しい政治勢力を望んでいたとはいえ、韓国の右派か左派か、保守系か革新系か、二者択一の政治文化の中で、「中道派政党」の存在意義を国民に示すことができなかったからであろう。

 そして、韓国だけの問題ではないだろうが、素人の新勢力が政治の世界に入ってくると、足を引っ張る既成勢力もあったであろう。

 当時の彼は韓国ポピュリズムが生み出したヒーローになるかのように見えたが、文在寅氏の率いる韓国左派勢力の方がはるかに強かった。朴槿恵大統領弾劾で理性を失い、政界再編成などどうでもよくなっていた韓国人たちに、彼の立ち位置は理解できなかったであろう。

 安哲秀氏は韓国人の思考能力の少し斜め上を行き、時代を先取りし過ぎていたのかもしれない。

 今回の選挙で当選した彼は、与党議員として新大統領を支えていくと述べていた。紆余曲折した彼の政治家としての歩みは、ここからまたスタートだと言える。熱いエールを送りたい。