やつれ気味のマルコス、色つやのいいイメルダ

 最初で最後にマルコス夫妻を見たのは、1986年の選挙運動取材だった。

 マラカニアン宮殿で開かれた記者会見場に現れた68歳のマルコスは思ったよりもやつれていた。照明に浮かぶリーゼントの髪、頬に広がる老人斑、そして彼の顔には隠しきれない病の陰が浮かび上がっていた。

マラカニアン宮殿で記者会見する独裁者マルコス大統領(写真:橋本 昇)
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 一方、病身の夫に代わり、イメルダ夫人はマニラ市内を精力的に動き回った。夫人は健康そのもの。手を振る度に腕の肉が踊り、三重アゴを駆使して演説する。そして人気もあった。立ち寄る先々で握手攻めだ。

選挙キャンペーンで握手するイメルダ大統領夫人(写真:橋本 昇)
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 その大統領選は“女の戦い”と言われていた。マルコスに対抗している出馬しているコラソン・アキノ氏は、マルコスの政敵だったベニグノ・アキノ氏の夫人だ。ベニグノ・アキノ氏が避難先のアメリカから帰国と同時にマニラ空港で暗殺された事件は、まだ人々の記憶に生々しかった。その暗殺についてはイメルダ夫人にも容疑が及んでおり、アキノ氏の出馬を“夫を殺された女の復讐”とメディアは騒ぎたてていた。

殺された夫の敵討ち選挙で勝利したコラソン・アキノ氏(写真:橋本 昇)
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 選挙運動はヒートアップし、お祭り騒ぎが至る所で繰り広げられた。

 キャンペーンカーがクラクションをけたたましく鳴らしながら「マルコス! マルコス!」「コーリー(コラソンの愛称)! コーリー!」とやかましく吠えたてて通り過ぎる。