韓国を訪問したバイデン大統領(右)と尹錫悦大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

 5月19日~22日にかけて訪韓し、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領との首脳会談を行ったアメリカのバイデン大統領領。前大統領・文在寅(ムン・ジェイン)氏からも会談を熱望されていたが、結局、対面での会談は見送られ、10分間の電話でのあいさつだけで終わった。

 これは何を意味しているのか。

サムスン電子の工場を訪問する時間はあっても文在寅氏と会う時間はなかったバイデン

 サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は訪韓に先立つ18日の記者会見で質問に答え、「文前大統領と予定されている面会は現在のところない」と述べた。これに関連し、文在寅氏の側近は19日、「面会は当初、ホワイトハウスからの提案によって推進された。ホワイトハウスがスケジュールに含まないと最終決定したのであれば、それに付け加える言葉はない」「まだ、確定的な通知はなく、今も連絡を待っているところだ」と残念そうに述べた。

 しかし、米大統領の日程はホワイトハウスが発表するもの。文前大統領側が勝手に発表すべきものではない。それなのに、文前大統領側は米国から文政権が評価されていると国内にアピールしたかったため、一方的に会談を発表し、それがキャンセルされるとバイデン大統領側の非礼のせいにせざるを得なくなってしまった。政権担当当時から外交センスがなかったことが改めて思い出される一幕だった。

 バイデン大統領としてみれば、文大統領の退任直後に訪韓すると、まるで文在寅氏を避けて訪韓したような形になってしまうため、せめて文前大統領に挨拶することが儀礼上望ましいと当初は考えたのであろう。しかし、今回の韓国、そして日本への訪問は短期間に実務的会合をぎっしり詰め込んだスケジュールとなっている。その日程の中に組み込むものとして、文前大統領への慰労の挨拶はプライオリティーが低かったということだろう。

 バイデン大統領は、サムソン電子の工場を視察し、現代自動車の会長とも会った。企業経営者との懇談も行った。そのことを勘案すれば、もしも文前大統領との会談を重視していたのならば、日程のどこかに入れることも不可能ではなかったように思う。しかし、結果的に10分間の電話による短い挨拶にとどまった。

 おそらくバイデン大統領は文在寅氏との面会をさほど重視していなかった。それは、バイデン氏の尹錫悦大統領との会談内容が、文在寅氏とのそれとは大きく異なるものであったことを見れば明らかである。