しかし、この兵力ではウクライナ南西部の港湾都市オデーサ(オデッサ)を制圧してクリミア半島から沿ドニエストルを結ぶ「陸上回廊」を構築するには不十分だ。このため東・南部戦線の陽動作戦としてオデーサ北西部への限定的な攻撃を支援したり、東部ドンバスと同じように「沿ドニエストル共和国」の独立を承認したりする可能性も指摘される。

 ウクライナでの苦戦から国民の関心をそらし、プーチン氏の面子を守るために安っぽい「勝利」を用意するつもりなのかもしれない。筆者は報告書『作戦Z』をまとめたワトリング氏にいくつか質問をぶつけてみた。

ロシア軍追い出しのためにはウクライナ軍は多数の犠牲を覚悟する必要が

――なぜロシア政府の内部文書にアクセスできるのですか。

「そのルートを明らかにしなかったのは多くの人をトラブルに巻き込む恐れがあるからだ。ロシア政府内部には不満を持つ人が大勢いて密かに他国の人と連絡を取るようになり、情報が漏れ出している」

――モルドバ東部の沿ドニエストルとクリミア半島をつなぐ「陸上回廊」をロシア軍は構築できるのでしょうか。

「それが、今ロシアがやりたいと思っていることだ。しかし彼らにはその能力がない。兵力が足りない。兵力を動員できるとしても少なくとも夏の終わりまでかかるので、現時点ではその脅威はない。しかしそれまでにモルドバを政治的に不安定にできるかどうか、ロシアはその辺りを探っているのだろう」

RUSIの陸戦専門家ジャック・ワトリング研究員(筆者撮影)

――FSB第5局は沿ドニエストルで何をしようとしているのですか。ウクライナで失墜した評価をモルドバで取り返そうとしているのでしょうか。

「ロシアの情報機関や軍で働く人は皆、失敗した時に責任を問われることを気にしている。だから成功を証明する必要がある。しかしモルドバでの活動はFSB第5局の責任範囲だ。旧ソ連圏で諜報機関としての活動を担っている。その範囲でクレムリンに選択肢を提示しようとしている」

――アメリカのブリンケン国務長官は、ロシアが占拠している地域から彼らを追い出そうとするゼレンスキー氏を支持すると表明しましたが、戦争終結のためのハードルを高くすることになりませんか。

「ロシアをウクライナの領土から追い出すことは可能だが、通常、攻撃側の犠牲者が多くなる。激しい戦闘が不可欠になる。(ロシア軍を追い出そうとするならば)ウクライナ側は防御の優位から攻撃に転じることになる。問題はロシア軍が崩壊するかどうかだ。ロシア軍の士気は低いので陣地を守る気はないだろう。しかしロシア軍が必死に陣地を守ろうとしたら、ウクライナには厳しくなる」

「国際社会はロシアに占拠されたウクライナの領土という立場をとっている。ウクライナ政府が自国の領土を取り戻そうとするのは全く正当なことだ。法的な問題ではなく、ウクライナがそれを行う能力があるかどうかということだ。いずれ分かることだ。まずロシアがウクライナの領土をこれ以上奪わないようにすることだ」