「中期的には夏の攻勢でウクライナを仕留めようという思惑がある」

 報告書はこう指摘している。

「ウクライナの勝利は可能だが、当面激しい戦闘が避けられない。モスクワは戦闘の長期化を意図している。短期的には東部ドンバスで大攻勢を仕掛け、中期的には夏の攻勢でウクライナを仕留めようという思惑がある。紛争の長期化は西側諸国にとって危険だ。エネルギー価格の高騰で秋になれば景気後退入りし、ウクライナへの支持はしぼみ、米欧の足並みの乱れを突いてロシアによる制裁回避の外交努力も強まる恐れがある」

 旧ソ連圏を対象に諜報活動を担うFSB第5局はロシアの侵攻に徹底抗戦するというウクライナの決意を見誤ったとして150人以上が追放されたと英紙タイムズは報じた。その失地回復のための「偽旗作戦」なのか、4月25日にはモルドバ東部の親露派支配地域「沿ドニエストル共和国」の治安当局本部がハンドグレネードランチャーで砲撃された。26日にはロシアのラジオ放送を伝える2つのアンテナが爆破された。

沿ドニエストル側の「国境検問所」(2015年12月、筆者撮影)

 モルドバでは1990年、ロシア系住民が「沿ドニエストル共和国」の分離独立を宣言。91年、ロシア軍の支援を受けた沿ドニエストルとモルドバ政府軍との間で紛争が勃発、92年に停戦協定が成立している。こうして独立状態となった沿ドニエストル側は「国境検問所」を設け、モルドバ政府は手が出せない。筆者は放射性物質の闇取引を取材するため2015年12月にモルドバの首都キシナウでタクシー運転手と料金交渉し、日帰りで沿ドニエストルに行ったことがある。

「ワシリー」という名の運転手はそわそわしながら、ダッシュボードの中から黒いビニール袋を取り出した。袋には拳銃が入っていたので「オー・マイ・ゴッド」と声を上げてしまった。「元警官だ。心配するな」というワシリーは銃所有の許可証を示した。携帯電話で呼び出した女性と路上で落ち合い、拳銃を包んだビニール袋を手渡す。続いて運転手仲間に迷彩柄のジャケットを預け、車の登録証を更新しに行った。

「沿ドニエストル共和国」の独立を承認する可能性も

 沿ドニエストルまで車で約1時間半。ワシリーは「検問所に近づいたら写真は撮るな」と釘を刺し、筆者の旅券を調べた。「キシナウ」の印を確認してから、ようやく「国境」に向かい始めた。モルドバ側では軍が警戒し、沿ドニエストル側では「国境管理」が行われていた。「金が要る」というワシリーに筆者は行きと帰りにそれぞれ200モルドバ・レウ(約1400円)札を渡した。沿ドニエストルではロシアの「平和維持軍」1500人が闊歩していた。

沿ドニエストルで警戒するロシアの「平和維持軍」と見られる装甲車(2015年12月、筆者撮影)