ロシア軍に包囲されたマリウポリ、なぜこんなに持ちこたえられるのか
――モスクワ撃沈でロシア海軍の黒海艦隊はウクライナ沿岸に近づけなくなり、南西部の港湾都市オデーサ(オデッサ)への上陸作戦の可能性はなくなったとみて良いのでしょうか。
香田 これはモスクワ沈没以前に問題があった。2月24日以前のロシア軍の兵力集中を見た時、黒海にロシア軍の太平洋艦隊、北方艦隊なども含めた全艦隊からLST(戦車揚陸艦)という上陸用大型艦を8隻程度集めていた。
短距離だと1隻当たり500人ぐらい乗れるので海軍歩兵が計4000人。戦車が各艦に5両程度として30~50両、その他の戦闘車両もおそらく100~200両レベルで積める計算であった。ウクライナ軍の防御を制圧してオデーサなどに強襲上陸するのではないかと私たちもみていた。
しかし米軍は、ロシア海軍と海軍歩兵は米海兵隊がやるような強襲上陸の装備もなく、訓練もしていないことを指摘した。このことは、開戦劈頭というウクライナ軍の防御が強い時に、オデーサに強襲上陸する選択肢はあり得ないことを示していた。
ある意味、陽動で、ウクライナ軍の防御部隊を南に引き付け、キーウなど北方の主要目標の防御態勢を手薄にする大きなシナリオがあったと思う。だが、米軍の見積もり情報により、ロシアが期待したほど陽動作戦も効果が上がらなかった。
ネプチューンは切り札なのでウクライナ軍は早々には使わずに温存しておいたのだろう。もともと、作戦能力面の理由でロシアの作戦には1個旅団4000人規模の海軍歩兵がオデーサに強襲上陸して奪い取るという計画はなかったことはほぼ確実である。
――アゾフ海に面したウクライナ東部の港湾都市マリウポリがロシア軍に包囲されながら、ここまで持ちこたえているのはどうしてでしょう。
香田 今回のウクライナ侵略戦争の解けない謎の一つだ。あの周りは親露派地域で、マリウポリは敵地に孤立した出城だ。50日以上が経過してもロシア軍がそこを落とせないという現実の説明がなかなかできない。
ウクライナ軍の精強部隊であるアゾフ大隊(*「大隊」は英語の日本語訳であり、またもう一段上の「連隊」とも訳されることがあるが、実体は5000人規模の旅団とみることが適当)も武器や食料がないと長期間は戦えない。
ロシア系住民が多いものの、第二次大戦中のレジスタンスのような地下組織の補給ラインが生きていたことも考えられる。さらに重要なこと、あるいは注目点は昨年秋からロシア軍がウクライナ国境に展開して圧力をかけたことにより、ウクライナ軍はロシア軍の侵略と防衛戦の長期化は必至として、作戦資材については相当準備(備蓄)をしていたと考え得る。
昨年秋からの国境地帯での威嚇と牽制のための演習は、当初の目的であるウクライナを怯(ひる)ませることに失敗したうえ、逆に戦備を整えさせる結果となった。これはロシアが犯した蛇足とも言える初歩的誤りであろう。
アゾフ大隊は半年ぐらいの籠城戦を想定して備蓄をしていたのだろう。しかし真相は戦争が終わってみないと分からない。