ロシア軍「失敗の条件」は揃っていた

――そもそも旗艦とはどんなことをしているのでしょう。

香田 軍艦の特徴は同じ場所に衣食住がワンセットであることだ。自分の生活から任務を遂行する戦闘まですべてが軍艦の中にある。24時間現場にいる。司令官の場合、夜に何かあっても上着を着て1~2分で指揮区画まで行ける。軍艦の主は艦長である。艦長は自分の船を動かしたり、守ったり、戦闘したりする。

 旗艦の場合は、プラスアルファとして司令部に対する支援、分かりやすく言えばホテルの支配人という任務がついている。衛星通信、暗号システム、コンピューターなどの指揮装備を完備した司令部の全力発揮を可能にするサポートをしている。司令官や司令部の参謀と通信員など勤務員計50から100人程度の衣食住の提供も旗艦の大きな任務である。

 沈没で司令官が部隊指揮をする指揮所と居住場所がそっくりそのままなくなった。実際の戦闘でも旗艦の沈没や大被害による機能喪失は起こり得るので、代替として2番目に大きな船が定められている。

 このことから、旗艦の沈没でも理論上は指揮機能がいきなり断絶することはないが、現実の問題としては司令部の総引っ越しとなることから相当混乱するのは避けられない。

――ロシア軍の統合作戦は上手くいっているのでしょうか。

香田 4月に入ってから軍事作戦を統括する総司令官をようやく任命したのには驚愕した。陸軍だけでも15万から20万人という大部隊を動かすのに1人の総大将もいないというのは近代戦では考えられない。

 ロシア軍がウクライナ軍をなめきって、そもそも総司令官はいらないと考えていたのか、そこは不明であり、このことのみでロシア軍を過小評価するつもりはないが、ウクライナ侵略戦争に投入されたロシア軍は近代戦を戦う資格さえないと言われても反論さえできない。

 サイバー攻撃で最初にウクライナ軍の神経系を断ち切って戦闘意欲のないウクライナ兵をロシア軍の量で一気に蹴散らせば100時間で終わると高を括って戦争を始めたのか、とさえ思わざるを得ない。

 また、ロシアの各軍管区で戦い方も違うので、それらの特性の異なる部隊を全国各地から集めた大部隊が実施するウクライナ作戦では、開戦前演習で全部隊が同じように戦えるように訓練する必要がある。また、戦闘を開始した2月とこれから初夏に向かう戦闘現場の天候も全然違う。

 失敗の条件はすべてそろっていた。「キーウ作戦でロシア軍は2割の被害を受けた」と米国防総省が発表した。これは「2割しか損害を受けていない」ではなく「2割も損害を受けた」と理解すべき事態である。キーウや北西部の戦いの問題点は少しも改善されていない。

 2014年はウクライナ軍の準備が全くできていなくて赤子の手をひねるようにクリミアを併合できたが、今回はNATOもウクライナ軍も、短く見て昨年秋から、長く見ると14年以降、準備していた。

 それに対して総大将も置かずに戦争を始めるとは、ロシア軍は近代戦を理解していないというか、杜撰としか言いようがない。プーチン大統領は対独戦勝記念日の5月9日までに決着をつけたいと考えているようだが、無理だろう。

 その分岐点は「ウクライナが刀折れ矢尽きる」のが先か「ロシアがへたる」のが先かという究極の消耗戦における西側諸国の対ウクライナ支援の質と量と速度にあると言って過言ではない。これが不首尾の時にウクライナのXデー(筆者注:終わり)が来るが、わが国にも西側諸国にも「そうさせない努力」が求められる。

香田洋二(こうだ・ようじ)氏
元海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)。1972年防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官などを歴任し、2008年退官。09年から11年まで米ハーバード大学アジアセンター上席研究員。