コロナで文無しになった若いプログラマーの場合

 割腹自殺でも遂げようというのかと思いながら声を掛けたら、同じアパート住民の看護師の女性が、コロナ病棟に勤めていると知って、アパートに入れないようにしているとかわめいているんです。そればかりか、アパートに住んでいる一人暮らしのお爺さんも混ざっています。いい歳してどういうことなんだ。

 あまりにも大声で騒ぐので、私もそれ以上の声を張り上げて対抗します。周辺住民のおばさんたちも遠巻きに見ています。

 あのさあ。コロナになって苦しんでいる人が急増している中、身を削り、リスクを取って看護に頑張っている人が、疲れて帰ってきてみたら家の前でバリケード張られていたらどんな思いをすると思う。お前にはそういう共感する心がないから妻子を置いて不倫して、バレて離婚されて身ぐるみはがされて私のところにいるんだろ。

 いい加減にしろ。コロナウイルスよりもお前の身体から漂う酒の匂いの方がヤバいわ。分かったら警戒を解いて解散しろ。部屋に戻れ。英語で言えばゴーホームだ。しかも、そこは私が貸した部屋だ──。そのように申し上げて、しめやかな帰宅を促します。大声で理不尽を騒ぐ人には、大声で制圧するしかないのです。デブになって、大声には自信のある私の圧勝の様相です。

 大騒ぎで押し問答をしている最中に、向こうから選挙区国替えをされた自民党の長島昭久先生が汗だくになって戸別訪問でご挨拶に来られました。まさかこんな修羅場で、「こんにちは、山本一郎です」と応じるわけにもいかず、微妙な雰囲気の中で騒動は収まりました。

東京の街並み。この街には、地縁血縁から切れた人々が精一杯生きている(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 遅い昼飯を喰い、ついでに墓参りをしてお家に帰った後、今度は別の入居者から電話がありました。先週、減賃交渉してきた若い男性です。何だろうと思うと、コロナで仕事がなくなったので苦しいと言うので、それはどうしようもないねという話をします。カネなら貸さないぞ。

 でも、2カ月ぐらいまでなら滞納も仕方ないねと言おうとしたら、彼は「とっくに貯金も尽きました。もう千円もカネがないのに住んでいるのも申し訳ないので、すぐに退去します」と蚊の鳴くより小さな声で伝えてきました。

 待った待った待った待った待った待った。お前、カネがないのに今退去ってどこに退去するんだよ。律義すぎるだろ。普通、すいません払えないので待ってくださいとか、カネがないので貸してくださいとかだろ。何で一足飛びに退去なんだよ。

 また着替えて大急ぎで家を出て、本人の部屋に行くと、すでにカネに換えられる家財道具は全部売り払ってしまったのか、がらんとした部屋にふたつの段ボール箱をぽつんと残して本人は呆然と立ち尽くしていました。もう退去の準備したのかよ。私を見て、彼は「取り立てですよね。いまから消費者金融に行って、何とかお金を借りてきます」と囁くように言いました。

 いや、そうじゃなくて・・・ 物事には順番とか段取りとかあるだろうよ。なんでそう、結論を急ぐんだよ。真面目か。つーか、お前、確か前職はプログラマーか何かだったのに、自室にパソコンもなくてどうしたんだと尋ねると、カネがなくて売りました、と。いやいやいやいや。商売道具を売ってどうするつもりなんだよ。