2021年7月、米国のバイデン政権がアジア太平洋地域におけるデジタル貿易協定の締結を検討していることが明るみに出た。従来、国家間の貿易協定は物品貿易にかかる関税の引き下げが最大の課題だったが、主要な国・地域間では関税の引き下げが概ね実現している。その中で、グローバル規模でのデジタル化の進展とともに、物品の関税を対象とした従来型の貿易協定に代わり、「デジタル貿易協定」の議論が急速に進みつつある。
デジタル貿易協定とはいかなるものか。通商に精通したオウルズコンサルティンググループの福山章子氏が解説する。
(福山 章子: オウルズコンサルティンググループ プリンシパル)
今回、バイデン政権が検討しているデジタル貿易協定は、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)に代表されるITプラットフォーマー企業に加え、製造業や小売業など多岐にわたる産業に影響を及ぼすものだ。それにもかかわらず世間の認知度は低い。様々な国家や企業の利害が交錯し、国際的に統一されたルールがいまだ存在しないこともその一因だ。だが、デジタル貿易協定の動向はグローバルな企業活動に新たな価値を与える可能性もあるため、正しく理解することが肝要だ。
世界で分断されつつあるデジタル経済圏
デジタル貿易協定とはいかなるものか。明確な定義はないものの、2018年12月に発効したTPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)の電子商取引章で取り入れられた「TPP3原則」と呼ばれる3つの要素が基礎となることが多い。すなわち、(1)国境を越えるデータの自由な移転、(2)サーバー等のコンピュータ関連設備の自国内設置要求の禁止、(3)ソースコードの移転・開示要求の禁止の3要素である。いわゆる「デジタル経済圏」を構築するために必要な要素だ。
この他にもデジタル貿易協定では、国境を越えてデジタルコンテンツを送信する際に関税を課さないこと、電子署名の有効性の確保、個人情報の保護などを定めている。
最近では、2020年12月にシンガポール、チリ、ニュージーランドの間で発効したDEPA(Digital Economy Partnership Agreement)において、Fintech分野の協力、AI ルールの策定、政府保有データの利用促進等、新たな分野での取り組みも定められた。協定はデータの移転に加え、FintechやAIなど先進的なデジタル技術の活用にも及んでいる。