(塚田俊三:立命館アジア太平洋大学客員教授)

 8月2日、ワシントンで、国際通貨基金(IMF)加盟の190か国を集めたIMF総務会が開催された。そこで、パンデミックに伴う経済修復を支援するため「特別引出権(SDR)」の一般配分が承認された。その発行額は、巨額であり、前回のリーマン・ショック直後の一般配分、2600億ドルを遥かに上回る6500億ドル(71兆円)に達する。

 SDRは国際通貨との交換権としてIMFによって創設されたものであるが、それは、後程詳しくみる通り、コストを掛けずに取得することのできる新たな流動性資産である。これはまさにミルトン・フリードマンがいう「ヘリコプター・マネー」に等しく、債務の増大に苦しむ各国の財政当局にとっては、干天の慈雨として映ろう。だが、この加盟各国に配分されるSDR資金は、IMFが期待するように、パンデミック関係の経済対策にそのまま使われるだろうか? そうではなく、最終的には意外なところに降り注ぐかもしれない。

 本稿においては、先ず、SDRが如何に革新的な金融資産であるかを説明し、次いで、その発行が決して一筋縄でいかなかった経緯に触れ、最後に、その便益は最終的には誰の手に帰するのかについて議論を進めたい。

現代の錬金術としてのSDR

 SDRは1969年当時、外貨不足に悩む国々に対する新たな外貨準備資産として生み出されたものであるが、それはほとんど“無から有を生み出す”に等しい革新的な金融上の考案であった。まず、どういう点で革新的かを説明したい。

(1)無償で取得できる新たな金融資産

 加盟国は、IMFに加盟すると、先ず拠出金(Quota)を払わなければならないが、このお金は、IMFの資本金とはならず、IMFに対する預け金として扱われ、加盟国毎に設定されたIMF口座に振り込まれる。通常の拠出金であれば、金利はつかないが、IMFに対する拠出金には、預け金として金利が付与される。この点が、SDRを、コストのかからない新たな金融資産とする要因の一つとなる。即ち、SDRが発給されると、それは当該国のIMF口座の残高の増大として記帳される。すると、その分、預金額が増えるので、受取利息も増える。だが、同時に、加盟国は、IMFからSDRの発給を受けたのだから、IMFに対してSDRの発行手数料を払う義務を負う。この手数料率は、IMF口座で支払われる金利と同一水準に設定されているので、これら両者は相殺され、結果的に、加盟国は、何らの対価を払うこともなく、SDRという新たな金融資産を手にすることができるようになる。

 ちなみに、IMFは一般に融資機関とみなされているが、IMFの融資は、世銀やアジア開発銀行と異なり、資本金や債券の売上金を使って行うものではなく*1、加盟国から預かった拠出金を活用して行うものである。言い換えれば、IMFの融資は、加盟国間の相互融通システムに基づくものであり、その融資の正式名称も、「loan」ではなく、「stand-by-arrangement」と呼ばれる。

*1 ちなみに、世銀やADBには世銀債やADB債があるが、IMFにはそのようなものはない。