「素晴らしく明快」な霜田講演

 岡武史先生には、心温まるご返信とともに、先生が霜田先生の白寿の会の折に寄せられたスピーチ原稿を送っていただきました。

 その原稿によりますと、理学部化学科の学生であった岡先生が初めて霜田先生を見かけたのは(朝永振一郎先生たちがサポートされたのだと思います)東京教育大学(当時)での学会での折だったそうです。

 ほかの大半の人の話がよく分からない中、霜田先生が登壇されると、「素晴らしく明快で、やはり物理をよく理解している方が話されると初学者でもついて行けるのだと大変心強く感じ」られた。そうなのですよね。

 得てして初学者には逆の印象があるようですが、難しいことを難しく話すのが一番楽、簡単なことを難しくしか話せないのは話者の理解の浅さを示しているだけです。

 本当に理解している人は、高度な内容を非常にシンプルに、簡潔に表現して本質から論点を逸らしません。

 岡先生のご講演はその後、「その1年くらい後に霜田研の平川浩正さんと宮原昭さんが化学教室に来られて、霜田研でマイクロ波分光をやらないかと言われたときは、一も二もなく大張り切りでお受けしました」と続くのですが、ここで私は目を疑い、手が止ってしまいました。

あの人も、この人も・・・
多分野のパイオニアを生んだ霜田研究室

 というのも、宮原昭先生(http://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2015_04/jspf2015_04-294.pdf)といえば「名古屋大学プラズマ研究所」(https://www.plasma.nagoya-u.ac.jp/about/greeting/)の父というべき存在で、核融合やプラズマの偉い人、というイメージです。

 これに対して平川浩正さんといえば、私が学生時代に現役のまま亡くなられた「相対性理論実験」の先生、特に「重力波」を測るという無謀な挑戦に乗り出し、助手だった坪野公夫さんがラボを継がれ、その助手で学年の近い三尾克典さんには、研究室の什器を譲ってもらったり、といったことを含め、大変にお世話になっています。 

 平川先生は「重力波」測定という、当時は学部学生だった我々にはドン・キホーテ的に見えた先駆的な研究に着手され、志半ばで亡くなられたのですが、現実にはLIGO(https://ja.wikipedia.org/wiki/LIGO)プロジェクトで重力波が発見(2015/16)されます。

 まさか私たちが生きている間に重力波が観測されるとは、当時は思ってもみませんでした。

 このLIGOで日本人として同プロジェクトで重責を担うカリフォルニア工科大学の「LIGO Hanford Observatory(https://www.ligo.caltech.edu/WA)の川辺径太君(https://arxiv.org/abs/1311.6835)は坪野研究室の出身です。

 世界をあっと言わせた重力波測定、それに成功したのは平川浩正先生の孫弟子世代にあたる川辺君や、現在は東京大学地震研究所の新谷昌人君など、私たちのジェネレーションでした。

 まさか平川先生が霜田研の出身とは、今日の今日まで知りませんでした。「平川研」がオリジナルだと思ったまま、そこで思考停止していたのです。

 さらに平川先生の訃報を、同じ研究室の先輩にあたる西川哲治先生(https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri1946/42/3/42_KJ00002749221/_article/-char/ja/)が書いておられる・・・。

 西川さんといえば、若くして原子核研究所に日本発のシンクロトロンを建設、つくばのKEK、高エネルギー物理学研究所の生みの親で、私が学生時代は彼が指導する電子・陽電子衝突型加速器「トリスタン」の総司令官、のちには東京理科大学学長なども務めた素粒子実験の総帥でありました。