「火花の散る勢い」霜田光一の実験

 岡先生の、霜田先生「白寿」の祝辞講演は、さらに以下のように続きます

「当時先生は34歳、気鋭の実験物理学者で毎朝6時から12時まで原子時計の実験をしておられました。西川哲治さん、宮原昭さんなどがお手伝いされていました」

「新参の僕には理解すべきもありませんでしたが、この写真にありますように先生が火花が散るような勢いで実験されているのを小僧っ子の頃に直接見たのはその後一生僕の戦力になりました」

「先生は世界一の実験物理学者であり、その方から直接指導を受けたのは僕の一生の幸せでした」

毎朝6時からお昼まで、火花を散らすよ宇に実験に集中する霜田光一先生(1954)。写真ご提供:岡武史先生

 この一文を岡先生に送っていただいたのは、私には人生の一大ショックになりつつあるように思います。

 30代前半の霜田先生が「火花が散るような勢い」で実験しており、その周りで、あの素粒子実験マフィアの大ボス西川哲治やプラズマの大御所、宮原昭が「お手伝い」している、という図を想像しただけで、正直申して私はまず吹き出してしまい、それから真剣に考え込んでしまいました。

 西川、宮原、平川といった超絶的な秀才たちが、天衣無縫、ほとんど動物的な勘も働かせまくりながら、朝6時から午前中いっぱい、お昼12時まで猛烈な勢いで実験している。午後は講義がありゼミナールがあり・・・といった大学の日常が続く。

 そんな霜田さんの周りで、並み居る秀才たちは「お手伝い」しながら何を感じ考えたのか?

 片や理論には、朝永振一郎という世紀の巨匠、リベラルで明朗快活なN.ボーア~W.ハイゼンベルク直伝の学風で若者を心の底から応援し、そこから世界に羽ばたいた筆頭として、あらゆるアイデアを惜しみなく人に与えてしまう無尽蔵の泉、南部陽一郎という知の光がありました。

 他方、実験ではどうだったのか?