本丸側から見た天守。 撮影/西股 総生(以下同)

(城郭・戦国史研究家:西股 総生)

◉「気まぐれ城散歩・諏訪高島城(前編)」はこちら
◉太字の用語は西股総生・著『1からわかる日本の城』参照。

古写真をもとに設計された個性派天守

 高島城のようなコンクリ天守は、築年数を経ると白っ茶けたコンクリ味が出てしまって、モロに写るとカッコ悪い。とくに、入口付近には何かと写ってほしくないアイテムが多い(写真1)。そこで、樹木をうまく使って、好ましからざるモノたちが隠れるアングルを探す。

写真1:築50年のコンクリ天守は、近くで見るとさすがに中古ビルのおもむき・・・。

 この本丸は、城主の御殿など建てるには、少々手狭な感じがするが、何せ兵力に余裕がないのだから、コンパクトに守りたかったのだろう。でも、狭い分、手頃なアングルはすぐに見つかる。秋晴れそのものの空だったので、色づき始めた木々の梢を取り入れて、「秋の信州」感を出してみる(写真2)。それにしても、順光でじっくり眺めてみると、ずいぶん個性的なデザインの天守だ。

写真2:このアングルだと、市街地の中にある感じがしないでしょ。 少し、古城感を出せたかな?

 1970年に落成した高島城のコンクリ天守は、古写真をもとに設計されている。古写真とくらべると、窓など細部は違っているものの、個性的な外観の雰囲気は出ている。大きく違うのは屋根で、オリジナルは薄板を重ねたこけら葺きだったが、復興天守の屋根は銅板葺き。こけら葺きは防火対策上、再現できないだろう。

 日根野高吉がこけら葺きを採用したのは、諏訪のようなは寒冷地では瓦が割れてしまうため、といわれている。でも、本当は瓦職人の手配がつかなかったのかもしれない。高吉が高島城を築いた1592年(文禄元)頃は、全国統一にともなう大名の移封が多く、築城ラッシュだったからだ。

 そう思って、あらためて見上げると、この天守はコンクリ製だが、初重屋根が大きな入母屋破風(p44)となっていて、望楼型天守(p46)であることがわかる(写真3)。文禄元年というのも、うなずける。手に入る技術的リソースが限られている中で、何とかして上方風の、それでいて個性的なデザインの天守を建てたかったか。

写真3:正面の入母屋破風は、この天守が望楼型だったことを示す。入り口の扉には警備会社のステッカーが(笑)。

 そんな築城者の志に思いを馳せながら、天守に登ってみる。温泉街の立派なホテルが少々うるさいけれど、最上階からは諏訪湖と、それを取り巻く盆地が一望できる。南東の彼方には、かすかに富士も望まれる。

 関ヶ原合戦ののち徳川家康が天下人となると、日根野氏は下野に移り、替わって諏訪頼水が旧領に返り咲いた。諏訪氏にしてみれば、故郷に戻ってみたら立派な天守が建っていたわけだ。どんな気持ちで、領内を眺めたことだろう。

 天守を下りて本丸をぶらぶらすると、裏手に小さな門がある(写真4)。もともと三ノ丸御殿の裏門だった建物で、明治になって民間に払い下げられたが、のち市に寄贈されて、この場所に移築された。うっかりすると見過ごしてしまいそうな地味な門ではあるが、本丸に残る唯一の現存建物である。

写真4:本丸に移築されて残る三ノ丸御殿裏門は貴重な遺構。門を出ると、すぐに民家が迫っている。

   門の近くに、小さな銅像があるのに気づく。永田鉄山の胸像だ(写真5)。昭和史にその名を刻む陸軍統制派の首魁、永田鉄山は諏訪の人なのである。この地では、さぞや俊英として、将来を嘱望されていたのだろう。近代になって城が廃されても、城を取り巻く地域の歴史が終わるわけではないのだ。 

写真5:陸軍統制派の中心人物だった永田鉄山が皇道派将校に斬殺される事件は、2.26事件の伏線となっていった。

 ひととおり城を見終わったので、欅の並木通りを駅まで歩く(写真6)。ここはかつて「縄手」と呼ばれて、城と城下町とを結ぶ、湿地の中の一本道だった。

写真6:縄手と呼ばれた登城路の跡。現地を歩くときは大手門跡で道が大きくカーブするのを見逃さないように。枡形虎口の名残だ。

 湖が干拓されて「浮き城」の景観が見られなくなったのは、残念かもしれない。でもそれは、諏訪に戻った諏訪氏が、城の守りより領国の経済を優先した結果。平和な時代には、平和な時代なりの領国の守り方がある、ということだ。

 そんなことを考えながら、日根野高吉も、諏訪頼水も、永田鉄山も歩いた道をたどって、僕は現代の上諏訪駅へと戻ったのである。

※扉写真はパソコンの壁紙用に撮ったもの。壁紙にすると、天地がトリミングされて左側の空の範囲にアイコンが並ぶので、画面のバランスがとれてイイ感じ。

 

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