その中国が尖閣諸島への侵入を繰り返し、沖縄や北海道では土地を買い漁っている。

 国防動員法や香港安全維持法などが内外にも効力を有することを考慮すると、普段から隠密裏に培っているシャープ・パワーと連動して日本占領を意図しているに違いない。

 第2次世界大戦でソ連に占領されたチェコなどの中欧やバルト三国などでは、30代半ばを境に高齢者はロシア語を話し、若年者は英語を得意とするために、老若世代の意思疎通が欠けやすく、年代層による分断があると聞いた。

 ソ連を引き継いだロシアは再び強権政治に戻り、政権に批判的な人物が殺害される事件が続いている。

 敗戦の悲哀と占領を経験したはずの日本であったが、1970年代末には関嘉彦・早大客員教授(当時)と森嶋通夫ロンドン大学教授(同)が「戦争と平和」の掲題で大論争を行った。

 関氏が「非武装で平和は守れない」ので「〝有事″の対応策は当然」としたのに対し、森嶋氏は「猛り狂ったソ連軍が来て惨憺たる戦後を迎えるより、秩序ある威厳に満ちた降伏をして、その代り政治的自決権を獲得する方が、ずっと賢明だ」と、軍事力を放棄して政治力をもつことを主張した。

 有耶無耶のうちに論争は終わった感があるが、今日の中国は当時のソ連以上に人権蹂躙や法の支配を無視している。

 そもそも、「威厳に満ちた降伏」や「軍事力を放棄した政治力」があり得るのか。

「政治的自決権の獲得」が容易でないことは、香港やウイグル人弾圧を見ただけで、だれでも分かる。

設立趣旨に反する軍事研究の排除

 学術会議は、日本学術会議法の前文で「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与すること」を使命として設立すると述べている。

 また第2条で、目的は「科学の向上発達を図る」こと、並びに「行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させる」ことで、立ち位置は「わが国の科学者の内外に対する代表機関」としている。

 学術会議は敗戦直後の荒廃した時期(昭和23年)に設立されたので「復興」となっているが、今日に敷衍するならば、「発展」ということであろう。

「平和的」ということからは「戦争(紛争・混乱を含む、以下同)のない」という意味であるが、これは日本が心掛ければ可能なのだろうか。

 外国に戦争を仕掛けることは論外としても、外国から戦争を仕掛けられた場合、「座して死を待つ」わけにはいかない。