国家には生存権があり、自衛権もある。そこで最良策は戦争を仕掛けられないように普段から「抑止体制」を構築することである。

 また万一仕掛けられたときは速やかに排除する仕組みや能力、すなわち「反撃体制」を準備しておく必要がある。

 このような体制を作っておいてこそ、平和的な発展ができる。

 日本は憲法前文で世界の国々を平和愛好国とみなしているが、現実には世界のあちこちで戦争が起きているし、軍備競争も熾烈である。

 周辺諸国を見ただけでも、憲法条文の前提がすでに現実から乖離していることが分かる。

 真摯に世界を俯瞰し国際社会を直視すれば、学術会議に設けられている第一部の「人文科学を中心とする科学分野」では、「国家の存続」を考えれば、「戦争の考察」を排除できないはずである。

 その研究成果を踏まえて、戦争に巻き込まれない、あるいは最小限の被害に留めるためにはどうすればいいか、すなわち「国を守る」ために国民や自衛隊はどうすればよいかを不断に教育・訓練することの大切さがわかろう。

 ところが、学術会議は戦争が常在する現実を無視し、願望でしかない「平和」を与件としてスタートした。

「戦争目的の科学研究」(1950年声明)、「軍事目的の科学研究」(1967年声明)、そして「軍事的安全保障研究」(2017年声明)と用語は変わるが、一般に「軍事研究」と言われるものを大学から排除し、また自衛官が国立大学の大学院で学ぶ機会も奪ってきた。

 そもそも平和は与件ではなく、どちらかと言えば常在する戦争を与件としなければ、「人類社会の福祉に貢献」するどころか、人類社会の破滅につながりかねない。

 この意味では人文科学の最大テーマはほかならぬ「戦争」のはずである。

 それを端から除外するというのだから、世界を見る目が狭量すぎるか、〝平和″イデオロギーにとりつかれて現実をみようとしないと言わざるを得ない。

 そもそも戦争をいかにして防ぎ、平和的発展状況を創り出すかがいつの世においても人類最大の課題のはずである。