(篠原 信:農業研究者)
父が、プラスチック工場に働きに出ていたときのこと。ベルトコンベヤーで運ばれてくるプラスチックの部品を、ニッパーでパチンパチンと切り出し、箱の中に放り込む単純作業。しかしコンベヤーのスピードが速く、切る作業が追いつかなくなると、しばしば機械を停止させなければならなかった。
お隣では、70過ぎのおじいちゃんが2つのラインを、鼻歌歌いながらニッパーで切り出している。ベテランのクセに楽なラインを担当して、新人に大変な部品を任せて、いい気なものだと思った父は、「交代してほしい」と願い出た。するとそのおじいちゃんはニンマリ笑って、交代してくれた。
すると、2倍どころではないスピード。とてもじゃないけれど、作業が追いつかない。簡単どころか、1ラインでさえ作業がままならない。おじいちゃんはいったい、どんな魔術を使っていたのか?
どうやっているか、父は尋ねてみた。すると、「あんたは聞いてきたから、教えるけどな」と前置きした上で、
「あんた、左手で部品を取り上げて、ニッパーを持っている右手で向きを変えて、さらに左手に持ち替えて、それからニッパーでパチンと切ってるだろ。これで4工程。右手の小指で部品を引っ掛けてごらん。それを左手に持って、ニッパーで切れば、3工程になり、工程がひとつ減らせる。
それから、隣のレーンに移動するのに、左足から動かしてるだろ。不自然かも知れんけど、右足を後ろに下げてごらん。すると、3歩が2歩に減らせる。減らせる時間はごくわずかなようだけれど、こうした工夫で、時間を稼げる」
教えられたとおりにやってみると、最初は不自然なので手間取るけれど、慣れると断然速くなる。教えてもらったのをきっかけに、さまざまな動作を見直すと、さらに作業を速く進めることができるようになった。
おじいちゃんの使っているニッパーは、いつもピカピカだった。切れ味が悪いと、二度も三度も切り直さなければならない。普段から研いでおくことで、作業をこの上なく効率化していた。
「若いモンはちっとも聞いてこん。だから教えん。慣れればそこそこのスピードでこなせるようにはなるが、工夫しないから限界がある」
単純作業に見える作業にも、ひとつの小宇宙がある。父は感心して、私に話して聞かせてくれた。