このデータから、超巨大ブラックホールの質量は太陽質量の(6.5±0.7)×10^9倍と求められました。実に太陽の65億倍です。この外側にはM87という銀河が広がっているわけですが、そこに含まれる恒星の質量に匹敵します。(いったい宇宙のどんな事件によってそんな代物ができあがったのでしょう。)

 真ん中の図は、降着ガスの見え方のシミュレーション結果です。ガスの量やエネルギーなどを適当に仮定して、流体力学と相対性理論の効果を組み合わせた理論計算を行ない、さらに重力によって光線の曲がる効果を考慮して、見え方を計算したものです。円盤というよりも、絡み合う糸のように見えますね。

 さらにそれがイベント・ホライズン・テレスコープの角度分解能で撮像される場合の予想図が右です。実際に観測された像にそっくりです。(そっくりになるようにシミュレーションの入力値を選んでいるわけですが。)ともあれ、超巨大ブラックホールを取り巻く降着円盤というモデルが観測データを見事に再現しています。

 これで、このドーナツの写真が何を写したものなのか、大まかに理解していただけたでしょうか。

宇宙は人類の想像の斜め上を行く

 それにしても、チャンドラセカールが大科学者の反対に遭ってから90年、ついに人類はブラックホール(の近傍)を撮影できるようになったのです。

 それを実現したイベント・ホライズン・テレスコープは、その超絶精度と難易度から、果たして本当に可能なのか、信じられないという声も上がりました。しかしこうして得られた降着円盤の像は、衝撃的な説得力を持っています。

 この研究は始まったばかりです。世界がSgr A*の観測結果を待ち受けています。イベント・ホライズン・テレスコープも電波干渉計技術も今なお発展中です。今回得られた数枚の写真に世界中の研究者が群がって議論を始めることは確実ですが、M87*からも他のブラックホールからも、今後さらなる成果が引き出されることもまた間違いありません。その成果の中には、現在の相対性理論で説明できない新発見だってあるかもしれません。そうなったら物理学の革新です。

 教訓ですが、「そんなことはできっこない」とか「そんな物はあり得ない」などと、うかつに言うことはできません。宇宙が次にどんな驚異を見せてくるか、大科学者だって予想はできないのです。

追記(2019/04/19):降着円盤の発する光について、誤りを改めました。御指摘・御教授いただいた梅本智文氏(国立天文台)、津村耕司氏(東京都市大学)、戸田博之氏(京都大学)、吉田道利氏(国立天文台)にお礼申し上げます。

追記(2019/04/20):誤植などを修正し、ジェットからの光線についての記述を加えました。秋山和徳氏(MIT)、他の皆様にお礼申し上げます。

【参考文献】
[1] First M87 Event Horizon Telescope Results. I. The Shadow of the Supermassive Black Hole
[2] First M87 Event Horizon Telescope Results. II. Array and Instrumentation
[3] First M87 Event Horizon Telescope Results. III. Data Processing and Calibration
[4] First M87 Event Horizon Telescope Results. IV. Imaging the Central Supermassive Black Hole
[5] First M87 Event Horizon Telescope Results. V. Physical Origin of the Asymmetric Ring
[6] First M87 Event Horizon Telescope Results. VI. The Shadow and Mass of the Central Black Hole