1つは大事な仕事のプロセスが見えないことだ。なぜなら、それが人間の頭で行われているからである。それによってこれまでのマネジメントは根本的な見直しを迫られる。この点については別の回に述べることにしよう。

 そしてもう1つは、ここに挙げたような能力は本人の自発的なモチベーションによって発揮させるということ。言い換えれば「受け身」では十分に発揮されないということである。つまり努力の「量」より「質」が重要になっていることを意味する。

 作家や芸術家、科学者といった創造性を売り物にする人たちを思い浮かべてみればよい。彼らの優れたアイデアや創造的な成果は自ら仕事に没頭したときに生まれるのであり、いくら長時間働いても受け身では成果があがらない。企業で働く人にとっても同じように受け身の勤勉さではなく、自発的なモチベーションがいっそう大切になってきているのである。

 しかし、人々の意識はなかなか変わらない。とくにわが国の場合、明治以降ずっと工業化社会で成功を収めてきたため、その成功体験が企業の中だけでなく社会の隅々にまで浸透している。それが新しい環境への適応を妨げているのである。

 実際に私たちはいまでも努力を量でしか捉えようとしない。事あるごとに「全力で」「一丸となって」「精一杯」といった威勢のよい言葉が発せられ、とにかくがんばればよいと考えるのはその表れだ。しかし、がむしゃらにがんばれば何とかなる時代ではないし、その延長線上には過労死や過労自殺といった悲惨な出来事も起こりうることを肝に銘じておかなければならない。

 単なる勤勉さではなく、「自発的なモチベーション」「良質な努力」をいかに引き出すかが問われている。

[参考文献]
・『「見せかけの勤勉」の正体』(太田肇著、PHP研究所、2010年)
・『がんばると迷惑な人』(同、新潮新書、2014年)