潔い幕引きに、当時どれだけの人が胸を打たれただろう。今あらためてこの「引き際」をキャリアの視点で眺めてみると、感動とは別のものが見えてくる。自分を客観視する力。誰もが加齢とともに失う、残酷な能力の話だ。

100キロに満たない体で、相撲の常識をひっくり返した男

 千代の富士の凄さは「相撲の常識」をぶっ壊したことにつきる。

 1970年秋場所で初土俵を踏んだ若き秋元貢(本名)は、100キロに満たない細身の体だった。強引に投げを打っては肩が外れ、脱臼を繰り返した。当時の角界は「でかいやつが強い」が大前提の世界で、軽量で脱臼癖のある力士の未来は決して明るくなかった。

 転機となったのは、同じように「軽さ」で苦しんだ大関の貴ノ花の助言だった。

「たばこをやめれば体重が増えて強くなれる」

 千代の富士はこの助言を素直に聞いて禁煙し、さらに徹底的に筋トレを積んで「脱臼しない体」を作り上げた。左前まわしを引いてからの速攻相撲。スピードと筋肉で巨漢をなぎ倒す、まったく新しいスタイルを生み出した。

肩の脱臼をおして土俵に上がる千代の富士=昭和52~53年ごろ(写真:共同通信社)

 新しい形を身につけた千代の富士は順調に番付を上げ、1981年に横綱に昇進する。以降、約10年にわたって土俵のてっぺんに君臨した。

 通算1045勝、優勝31回。1988年には53連勝、1990年には史上初の通算1000勝を達成する。1989年6月には生後3カ月の三女を乳幼児突然死症候群で失ったが、直後の名古屋場所で28回目の優勝を果たした。

 この人の「強さ」は、肉体だけにとどまらなかった。同年には角界で初めて国民栄誉賞を受けた。

 これだけの成績を、「根性」だけで残せるわけがない。千代の富士は自分の体の強みと弱みを誰よりも正確に把握して、足りないものを一つずつ埋めていった。自分を客観視できる視点を持ち合わせていた。