英国のMI6のような対外情報機関の創設

(1)全般

 国家の外交政策、防衛政策等の立案・遂行の前提条件は相手国の国情を知ることである。すなわち、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」ということである。

 このため、各国は相手国に外交官、駐在武官および通商派遣団を派遣し情報収集に当たらせている。

 彼らは、相手国政府代表との公然の接触や、新聞、出版物、見本市等から任国の政治・経済・軍事・技術情報を探知し、それらを本国に報告している。

 また、外国の情報機関は、情報機関員を外交官あるいは通商使節団の一員として相手国に送り込み、隠密な諜報活動により情報を収集しようとする。

 また、極少数の情報機関員は、偽名や偽国籍を使い、地下に深く姿を隠し活動する。

 前者が合法的な情報収集活動であり、後者が非合法の情報収集活動であり、スパイ活動(エスピオナージ:Espionage)とも呼ばれる。

(2)なぜスパイ活動が必要なのか

 情報収集は、次の3つの異なるレベルで行われる。ウクライナ侵攻前のロシア軍に関するウクライナ等の情報収集を例に述べる。

①現状:相手は何をしているのか:軍事演習を目的として、千数百両の戦車がウクライナ国境に集結している。

②可能性:相手は何ができるのか:ウクライナ全域にもドンバス地域にも軍事侵攻できる。

③意図:相手は何をしようとしているのか:偵察衛星では、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の心を読むことはできない。

 ①は偵察衛星で把握することができる。②は兵器に関する知識とロシア軍の戦略・戦術に関する知識があれば回答できる。③の相手の心(意図や計画)を読むにはスパイ活動が必要である。

 スパイ活動の一例として、「ゾルゲ諜報」について紹介する。

 ソ連赤軍第4本部に直属していたリヒャルト・ゾルゲは、ナチス党員の肩書きとともにドイツの新聞記者を装って来日し、東京の駐日ドイツ大使館などで諜報活動を行っていた。

 独ソ戦勃発の翌日の1941年6月23日、ゾルゲに対し「ドイツの対ソビエト戦争に関して、日本政府の立場についての情報を報告せよ」との緊急指令が発せられた。

 ゾルゲは、緊急指令を受けてから3か月の諜報活動の結果、同年9月14日、「日本の対ソ攻撃は問題外」という電報を送った。

 ソ連は、極東に配備していたソ連軍20個師団を9月中に極東からモスクワ移動した。この極東軍の対ドイツ線への移動は、ソビエト軍に独ソ戦での勝利をもたらす大きな要因になったといわれている。

 日本の防諜組織がゾルゲを逮捕したのは電報発信から約1か月後(10月18日)であった。

 では、ゾルゲはどのようにして国家最高機密に関する情報を入手していたのであろうか。

 ゾルゲは、在日ドイツ大使およびゾルゲ諜報グループの成員であった尾崎秀実から御前会議の決議事項に関する情報を得ていた。

 特に、上記電報の判断の基となる情報(インテリジェンス)を、尾崎は近衛文麿首相の側近の西園寺公一から聞き出したとされる。

(3)北朝鮮による日本人拉致事件と対外情報収集

 1978年7月から8月にかけて福井、新潟、鹿児島の3県で若い男女が相次いで失踪した。

 その直後、同年8月に富山県で起きた男女のカップルが連れ去られかけながら未遂に終わった事件を警察が捜査したところ、特殊な犯行の手口や外国製(朝鮮半島製)とみられる猿ぐつわなどの遺留品が出てきたことから、北朝鮮による関与の疑いが浮上した。

 現在も日本政府が拉致被害者として認定している17人が、いまだ帰国することができず北朝鮮に残されたままである。

 日本各地で相次いだ失踪事件について、外事警察(警視庁公安部外事課や各都道府県警察外事課など)は、北朝鮮がなぜ日本人を拉致するのか、その真の目的が分からなかったため、北朝鮮による組織的な拉致だという確信が持てず捜査は難航した。

 日本の警察がこれまでの拉致を北朝鮮によるものと判断するようになったのは、1987年11月29日に大韓航空機爆破事件が発生し、実行犯の一人である金賢姫(キム・ヒョンヒ)の証言を得てからのことであった。

 当時、日本が少なくとも韓国や北朝鮮などにスパイ網を構築していれば、日本人拉致という北朝鮮の国家犯罪を察知することができたかもしれない。

 付言するが、第2次世界大戦中、在スペイン日本大使館は、スペイン人のスパイ組織を運用していた。

 そのスパイ組織は、日本のために米国本土でスパイ活動を実施して多くの機密情報を日本大使館にもたらした。

(出典:NHK特集 私は日本のスパイだった ~秘密諜報員ベラスコ~) 

 この事例は、対外諜報活動は、日本人のスパイが当該国に潜入する必要がないことを示している。

(4)対外情報活動機関の創設

 前述した2005年の「対外情報機能強化に関する懇談会」の提言では、政府に対して英国のMI6のような対外情報機関の創設を提言している。

 日本も、北朝鮮による日本人拉致事件の教訓を生かして、対外情報機関の創設を真剣に検討すべきであろう。