多くの米国民は「米国の過負荷を深く理解してこなかった同盟国」に不満

――日本について、負担共有の枠組みで自国の防衛および周辺地域の安定においてより大きな責任を果たすことや、国内総生産(GDP)比5%という核心的軍事費、安全保障関連支出目標に向けて邁進することを期待するとした意味をどうとらえられていますか。

香田 これに関しては、まず第二次大戦の日独に対する圧倒的勝利の原動力であった工業と農業両面での世界の独占的生産国であった米国が、戦後も冷戦構造の中で自由陣営諸国のリーダとして、米国資源と財産を持ち出すこともいとわず、対ソ・対東側優位を、1970~80年を通じて保ち、冷戦の勝利に貢献したことは明白な事実であることを理解する必要があります。

 同時に、1960~70年代からの日独の「戦後の奇跡」と呼ばれる経済復興以後も、冷戦構造の優位維持のための長期にわたる米国の重い負担に比較して、相対的に欧州NATO諸国と日本の負担が、経済復興と成長規模に比例したものではなく、この現実的な不均衡性が、徐々に「米国の過剰負担と同盟国の過小負担」として米国民に認識されてきたと思われます。

 また、米国の過負荷を同盟国が深く理解してこなかったことも、米国民の一般的な不満であると言えます。そのような人々の最右翼がトランプ大統領とその支持者です。

 繰り返しになりますが、米国と標準的な米国民からすれば、同盟国の多くは、米国の過剰負担を理解することなく、かえって、その隙をついて自国の経済だけを伸ばして米国経済分野を蝕み、米国から搾取したと見えないこともありません。

 1980年代からの米国の一部の人々の主張は、この不公正・不均衡の是正と、今日までの米国の持ち出し分をカバーする応分の負担と払い戻しを求めるものでした。

 それでも、冷戦中の西独などの欧州NATO主要国の防衛支出(対GDP比)は2~3%でしたが、冷戦後は「冷戦後の新国際秩序」と「平和の配当」という世界的に広がった掛け声から、欧州NATO諸国は軍事費を対GDP比1.5%程度まで急速に低下させ、各国とも自国内の国民生活の向上とインフラなどの整備に没頭したのです。

 その間生起したジョージア(旧グルジア)内戦、クリミア侵攻、バルト三国への脅威などに対し、本来はこれらを守備範囲とする欧州NATO諸国は有効な対抗策をとることが全くできませんでした。唯一、ボスニア・ヘルツェゴビナだけ米国とともに対応しました。

 この間、米国は30年間にわたるテロとの戦いに明け暮れ、冷戦終了にもかかわらず、米国の持ち出しはさらに膨大なものとなり、ここに、米国民の間の「米国の犠牲に支えられて『安眠する』欧州NATO諸国」への不満が蓄積し、トランプ政権で爆発したと言えます。