揺り戻しが進む最後のクリティカル・トレンド
10.ESG・DEIの揺り戻しと乖離
ESG(環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance))・DEI(多様性(Diversity)、公平性(Equity)、包摂性(Inclusion))への取り組みにおいて、反リベラルや競争力・経済安全保障重視の点から揺り戻しが生じ、規制緩和や実施延期などの見直しが進められている。
米国では、トランプ政権がバイデン前政権下の脱炭素政策やDEI施策を撤回し、政策の大転換を進めている。トランプ政権はすでにパリ協定からの離脱を決定しているが、2026年1月7日には国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)や「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」からの脱退を決定した。また、反DEI政策を強力に進め、これに同調するよう企業や大学などに圧力を加えている。
EUでは、過剰規制による域内企業の競争力低下に対応するため、企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)や企業サステナビリティ報告指令(CSRD)などのサステナビリティ関連規制について、適用対象企業・範囲の縮小や実施の延期などの「簡素化」が行われた。
2026年には、ESG・DEIへの取り組みは世界的に減速することになるだろう。特に、サステナビリティ関連規制は、地政学リスクの顕在化によるエネルギー安全保障の確保の要請もあり、規制の見直しが進むとみられる。
その際、見直しつつも取り組みを継続する動きと撤回する動きの間に乖離が生じる。米国とEUなど、国家間の乖離も大きいが、米国では連邦政府と州政府の間や、株主や消費者の間での乖離も生じている。
日本では、ESG・DEIへの取り組みはむしろ強化される方向にある。グローバルに事業展開する日本企業は、ステークホルダーの意見が分かれる中で、板挟みとなるおそれがある。
日本企業に求められる能動的対応
より不安定で、不確実になっていく世界の中で、企業はともすると、生じた事象に受け身となり、様子見の姿勢になりがちである。しかし、変化の激しい状況下では、動かないこともまたリスクとなる。
地政学・経済安全保障の取り組みをコンプライアンス上の単なる「コスト」ではなく、企業の成長のための「投資」ととらえ、事業上の「リスク」から「機会」へ変える能動的姿勢が求められている。自社の戦略や方針を定めず、場当たり的に右往左往することが最悪の策であり、ステークホルダーや社会からの非難を招くことになる。
その際に重要なのは、地政学・経済安全保障の取り組みを経営課題と位置づけ、経営層がしっかり関与することである。こうした取り組みは、短期的にはコスト増や事業機会の喪失につながることもあり、経済合理性を最優先する現場では十分に対応できない。中長期的な事業の継続や企業価値の向上のために、短期的な利潤最大化には反することを行うには、経営トップの判断・指示が欠かせない。
すでに日本企業の多くが、地政学・経済安全保障の取り組みを進めている。サプライチェーンを可視化してチョークポイントを特定する、調達・販売先の変更・多様化のためにサプライチェーンを再編する、取り組み強化や情報収集・戦略立案のために社内体制を整備するなどが行われている(企業が取り組むべき具体的課題については前掲弊社書籍参照)。2026年は、そうした取り組みが一層重要となる。
菅原 淳一(すがわら・じゅんいち)
株式会社オウルズコンサルティンググループ・プリンシパル
経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部専門調査員(貿易・投資・非加盟国協力担当)、みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社調査部主席研究員(プリンシパル)(通商、経済安全保障等を担当)等を経て現職。一般財団法人国際貿易投資研究所(ITI) 客員研究員。
通商政策や経済安全保障に関する政策分析に長年従事。WTO、EPA(FTA、TPP、RCEP等)、APEC、日米・米中通商関係、主要国の経済安全保障戦略などに関し、寄稿、講演、テレビ・ラジオ出演、研究機関研究会・経済団体委員会委員等多数。



