勝者はやはり、すしざいまいの木村社長

 この二つの落語と「5億円マグロ」に共通するのは、「価値に対する錯覚」でしょう。『千両みかん』は「倅の病気を治したい」という欲求が価格を釣り上げ、『猫の皿』では骨董品に対する欲望が猫に3両という価値を付けさせます。

 5億円のマグロも同様でしょう。新年の風物詩として景気の象徴と捉えられがちですが、初競りのマグロが本当に握っているのは、一過性の話題性だけです。

 木村社長の意気込みはもちろん立派で、経営戦略としては理解できます。その立ち位置は、最後に得をしている『猫の皿』における茶屋の店主といったところでしょう。

「売る奴が利口で、買う奴が馬鹿」とは『かぼちゃ屋』という落語で主人公の与太郎が吐いた名言ですが、この場合、木村社長は「5億円マグロ」を買った立場というより、「5億円マグロ」という「ネタ」をマスコミに売った立場と理解する方が良さそうです。やはり勝者は木村社長でしょう。

 木村社長の意気込みに敬服しつつも、一庶民としては冷静に、政府や企業に私たちの懐を豊かにする持続的な政策や取り組みを切に期待したいところであります。

 やはり答えは、いつも落語の中にある——。今日もスーパーの値引きされたマグロを食べながら、そんなことを考えた年始でありました。

立川談慶(たてかわ・だんけい) 落語家。立川流真打ち。
1965年、長野県上田市生まれ。慶應義塾大学経済学部でマルクス経済学を専攻。卒業後、株式会社ワコールで3年間の勤務を経て、1991年に立川談志18番目の弟子として入門。前座名は「立川ワコール」。二つ目昇進を機に2000年、「立川談慶」を命名。2005年、真打ちに昇進。著書に『教養としての落語』(サンマーク出版)、『落語で資本論 世知辛い資本主義社会のいなし方』、『安政五年、江戸パンデミック。〜江戸っ子流コロナ撃退法』(エムオン・エンタテインメント)、『狂気の気づかい: 伝説の落語家・立川談志に最も怒られた弟子が教わった大切なこと』(東洋経済新報社)など多数の“本書く派”落語家にして、ベンチプレスで100㎏を挙上する怪力。