「夏のみかん」なら1つ千両(だいたい1億円?)

 まず、『千両みかん』の世界観をのぞいてみましょう。この落語は、関西由来の一席です。

■落語『千両みかん』のあらすじ

 真夏の盛りに大店の若旦那が病に伏せってしまい、その原因がわからない中、食べたいものが「みかん」で、それが食べられないことから気を病んでしまったものと判明します。

 季節外れの夏にみかんなど手に入るはずがないのに、番頭は安請け合いしてしまいます。旦那からは、「お前が安請け合いしてしまい、もし倅(せがれ)がみかんを食べられないと知ったら命を落とすに決まっている。そうなったらお前を倅殺しの犯人として訴える。なんとしてでも見つけ出せ」と言われる始末。番頭は必死に探し回ります。

 そして、ようやく見つけたみかんは、千両(現代の値打ちでおおむね1億円ぐらいでしょうか)という法外な値段。それでも「若旦那のためなら」と旦那は買うように番頭に伝えます。

 みかんの皮をむくと、房は10個。7房を食べ、すっかり回復した若旦那でしたが「残りの3房は、両親と番頭、お前にあげる」と番頭に伝えます

 さあ、3房預かった番頭は「俺の手の中にあるのは、3房。いや、三百両…!!俺がのれん分けしてもらえるお金は、三十両……」と混乱してしまいます。そして、とち狂った番頭はみかんを3房持って逐電(ちくでん:逃げて姿をくらますこと)してしまいます。

 この噺(はなし)のおもしろさは、みかんの「価値」が本来の趣旨から離れて膨張する点にあります。そもそもみかんは季節の果物で、冬なら安価ですが、夏に欲する「希少性」が価格を吊り上げる格好になります。冷静になって見つめればたかが「みかん3房」なのですが、追い詰められた番頭には、のれん分けした時にもらうお金より多く見えてしまうのが、この落語の「悲劇」であります。

 これを一番マグロに重ねてみれば、似たような点が浮かび上がってきます。

 5億円のマグロは、単なる魚ではなく、新年の「一番マグロ」として象徴的な価値を持つのです。木村社長は過去にも高額な落札を繰り返し、2019年には3億3360万円を記録したことがありますが、今回はそれを上回る史上初のなんと5億円超え。 

 なぜそんな大金を? それは、すしざんまいのブランドPRのためでもありましょう。落札後、店舗で提供すれば、客は「5億円のマグロ」を味わう体験に数百円を払うのですが、その差額が「すしざんまい」の宣伝費として消費されている形です。

 マルクス流にいうならば、「資本主義の特異性」とは、千両みかんのように、価格は魚の質という「使用価値」ではなく、メディア露出や話題性によって膨らんだ「交換価値」が支配的になるという感じでしょうか。景気浮揚という点では、このイベントが市場全体の活気を呼び、漁師の収入も4億円超に跳ね上がるとのことでもありました。

 まさに、若旦那の病を治すみかんのように、このマグロが低迷する日本の景気に「元気」をもたらすとの期待は理解できます。

 でも、このニュースを聞いている多くの庶民は、どこまで今年の景気が良くなると感じているでしょうか。そこに疑問も生じるのです。ズバリ言ってしまえば、景気がよくなるのは日本経済ではなくて、すしざんまいだけなのかもしれません(笑)。

 特定企業の宣伝効果のためのイベントがいつの間にか、正月の年明け特有の「何か景気のいいものは」、あるいは「今年の景気上昇の機運も」などといった日本人的年始ムードへとすり替わってしまったのが本当の姿なのではないでしょうか。

 多くの企業が賃上げに動いているとはいえ、インフレによって実質賃金は低下し続けています。円安や物価高に苦しんでいる庶民の生活が、一匹のマグロで浮揚するほど単純ではありません。