漁業権不要という参入障壁の低さ

 異業種が漁業に乗り出すことは簡単ではありません。それは一定の水域において漁業を営む権利「漁業権」が既存の漁業者にしか認められていないからです。漁業権は排他的であり、その権利を侵すと法律によって刑罰を科せられることがあります。

 しかし、陸上に設備を構える場合は、漁業権は全く障害になりません。この参入障壁の低さに加え、食料は確実に需要が見込まれることなどから、陸上養殖には異業種の参入も相次いでいるのです。

 JR西日本は2018年から陸上養殖の水産物を「PROFISH」(プロフィッシュ)としてブランド化させる事業を展開。大阪府堺市でマダイなどの陸上養殖を手掛ける株式会社陸水に出資するなどして事業を拡大しています。JR四国は愛媛県漁連と連携し、愛媛県西条市でサーモンの陸上養殖を実用化。「サイモン」というブランド名でこの12月から販売に乗り出します。

JR四国が新設したサーモンの陸上養殖場=2025年2月、愛媛県西条市(写真:共同通信社)

 電力会社やガス会社なども陸上養殖に着目しています。

 関西電力は2020年10月、「海幸ゆきのや合同会社」を設立し、クルマエビの一種であるバナメイエビを陸上養殖で生産・加工・販売する事業に着手しました。関西電力としては初の食料分野の会社でした。その後、事業は順調に拡大し、関電はこの会社をNTTグループに売却しましたが、電力会社が持続可能な魚類生産に乗り出したというニュースは当時大きな注目を集めました。

 九州電力も「フィッシュファームみらい合同会社」を通じて、サーモンの陸上養殖を展開しています。2023年3月には福岡県豊前市にある豊前発電所の敷地内に陸上養殖場の設備を建設。「みらいサーモン」の生産を開始しました。この施設の生産能力は年間約300トン。陸上養殖として九州最大規模の施設で、2027年までに生産能力を現在の10倍に拡大する計画を打ち出しています。

 愛知県を拠点とする東邦ガスは、知多半島にサーモンの陸上養殖を完成させ、「知多サーモン」として売り出し中。同じくエネルギー企業のエア・ウォーター社(大阪)もサーモンの養殖を北海道の内陸部・東神楽町で進めています。NTT東日本グループやソフトバンクなども陸上養殖に乗り出すなど、異業種からの参入は引きも切らない状態です。

 また陸上養殖の施設やノウハウをセットにして海外へ輸出しようという動きも出てきました。

 日本政府は現在、「みどりの食料システム戦略」に基づき、2030年までに食用魚介類の自給率を大きく向上させる目標を掲げています。2021年に59%だった数値を2032年には94%に引き上げるというもの。その柱の1つを担う存在として、閉鎖循環式の陸上養殖は注目を集めているのです。

 陸上養殖が順調に発展すれば、漁業資源の減少や漁業の後継者不足といった問題も少しは緩和に向かうかもしれません。

フロントラインプレス
「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年に合同会社を設立し、正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や写真家、研究者ら約30人が参加。調査報道については主に「スローニュース」で、ルポや深掘り記事は主に「Yahoo!ニュース オリジナル特集」で発表。その他、東洋経済オンラインなど国内主要メディアでも記事を発表している。