国会答弁する高市早苗首相(写真:つのだよしお/アフロ)
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今年2025年の後半、「存立危機事態」という言葉が大きな注目を集めました。高市早苗首相が国会答弁で、台湾有事が存立危機事態になり得ると答弁し、中国の激しい反発を招いたためです。高市首相は発言を撤回しておらず、日中の緊張も緩む気配はありません。では、そもそも「存立危機事態」とは、どんな状況を指すのでしょうか。意外と知らないこの言葉の意味をやさしく解説します。

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高市首相の発言の中身とは

 台湾有事をめぐる高市首相の発言があったのは、ことし11月7日の衆院予算委員会でのことでした。質問者は、立憲民主党の岡田克也議員(元外相)。首相に就任したばかりの高市氏に対し、岡田氏は外交・安全保障の基本姿勢を問いただしていきます。そのなかで「存立危機事態」発言は飛び出しました。

 重要な答弁ですから、該当部分を国会議事録から再録しましょう(なお、以下の質疑は一部の語句やQAを省略しています。全文は国会議事録で確認できます)。

<再録>

岡田:高市総理、1年前の総裁選挙でこう述べておられるんですよ。中国による台湾の海上封鎖が発生した場合を問われて、存立危機事態になるかもしれないと。私も、絶対ないと言うつもりはないんです。だけれども、これはどういう場合に存立危機事態になるとお考えだったんですか。

高市:台湾をめぐる問題は、対話により平和的に解決することを期待するというのが従来からの一貫した立場でございます。その上で一般論として申し上げますけれども、いかなる事態が存立危機事態に該当するかは、実際に発生した事態の個別具体的な状況に即して、全ての情報を総合して判断しなければならないと考えております。存立危機事態の定義については、事態対処法第2条第4項にあるとおりでございます。 

岡田:海上封鎖をした場合、存立危機事態になるかもしれないとおっしゃっているわけですね。例えば、台湾とフィリピンの間のバシー海峡を封鎖された場合に、でも、それは迂回すれば、日本に対してエネルギーや食料が途絶えるということは基本的にありませんよね。だから、どういう場合に存立危機事態になるのかをお聞きしたいんです。 

高市:台湾に対して武力攻撃が発生する、海上封鎖というのも、戦艦で行い、そしてまた他の手段も合わせて対応した場合には、武力行使が生じ得る話でございます。 例えば、その海上封鎖を解くために米軍が来援をする、それを防ぐために何らかのほかの武力行使が行われる、こういった事態も想定されるので、そのときに生じた事態、いかなる事態が生じたかの情報を総合的に判断しなければならないと思っております。 

岡田:今の答弁では、とても存立危機事態について限定的に考えるということにはならないですよね。非常に幅広い裁量の余地を政府に与えてしまうことになる。だから、私は懸念するわけですよ。……(略)存立危機事態になれば日本も武力行使することになりますから、当然反撃も受ける。そうすると、ウクライナやガザの状況を見ても分かるように、極めて厳しい状況が国民にもたらされることになります。そういう事態を力を尽くして避けていかなきゃいけない、それが私は政治家の最大の役割だと思うんですね。それを軽々しく、なるかもしれないとか、可能性が高いとか、そういう言い方が与党の議員やあるいは評論家の一部から、自衛隊のOBも含むんですが、述べられていることは極めて問題だと私は思うんですが、総理、いかがですか。 

高市:あらゆる事態を想定しておく、最悪の事態を想定しておくということは非常に重要だと思います。先ほど有事という言葉がございました。それはいろいろな形がありましょう。例えば、台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。

<再録終わり>

 最後の太字・下線部分が問題となった発言です。中国政府が台湾に対して武力を行使すれば、それは日本にとっての存立危機事態であると高市首相は明言したわけです。

 この発言に対し、中国側は激しく反発し、撤回を強く求めました。日本側が応じない姿勢を見せると、中国政府は旅行客に日本渡航を控えるよう呼び掛けたり、日本への航空機を減便したりといった措置を実行。さらなる対抗措置を辞さない姿勢も示しています。高市発言に関しては、日本側からも「過去の政府見解と異なる立場を突然示した」「一つの中国を認めた日中共同声明との整合性がない」といった批判が出ています。

 なお、この質疑の前、岡田氏は詳細な質問通告を行っていました。内閣官房はその通告に基づき詳細な答弁資料を作成。台湾有事という仮定の質問には「答えない」と記していたことが、毎日新聞の報道などで明らかになっています。つまり、高市首相は官僚作成の答弁案を退け、自らの判断でこの発言を行ったわけです。