「口実」から「現実」へ、そして「経験格差」の拡大へ
本コラムでは以前、企業の「AIリストラ」が、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)下の過剰雇用を調整するための「格好の口実」として使われている側面を報じた。
しかし、今回のMITのデータは、その「口実」の裏で、中長期的な労働需要の消失が現実のものとなりつつあることを裏付けている。
特に懸念されるのは、米スタンフォード大学の研究チームが指摘していた「若年層雇用への打撃」との関連性だ。
MITが指摘する「代替可能な定型業務」の多くは、若手社員がキャリアの初期段階で実務経験を積むための「入り口」としての役割を果たしてきた。
郵便番号単位(局所レベル)で労働市場の変容を予測するこのインデックスは、沿岸部のテックハブだけでなく、内陸部や地方部を含む全米3000郡でこれらのスキルが代替され得ることを示した。
これは、若者がスキルを磨くための「現場」が、都市部・地方部を問わず、構造的に失われつつあることを意味する。
AIは今や、経営者の「言い訳」の域を超え、労働市場におけるキャリア形成の『足場』そのものを崩し始めている可能性がある。
予測ではなく「備え」のための羅針盤
もっとも、この研究は悲観的な未来を確定するものではないようだ。
研究チームの一人、プラサンナ・バラプラカシュ氏は「これは『いつ仕事がなくなるか』を予言するエンジンではなく、政策立案者が事前に手を打つためのシミュレーターだ」と強調する。
実際、テネシー州やユタ州、ノースカロライナ州などは、いち早くこのデータを取り入れ、再教育プログラムへの投資やインフラ整備の計画に活用し始めている。
どの地域の、どのスキルが、どのように変化するかを詳細に把握することで、漠然とした不安を煽るのではなく、的を絞ったリスキリング支援が可能になる。
また、医療や製造業など、物理的な作業を伴う分野は依然としてAIによる完全な代替が難しく、ここではAIを「人間の能力拡張(オーグメンテーション)」として活用する道が残されていることも示された。