松平定信の「狂気」が突飛なストーリーに真実味を持たせる

 今回の放送では、蔦重が定信の誘いを固辞するも、半ば脅迫されて、協力せざるを得なくなってしまう。定信から課せられたミッションを果たそうと奮闘する蔦重の姿が描かれた。

 言うまでもなく、このようなアベンジャーズが結成されたという史実はなく、フィクション部分ということになるが、私が着目したのは蔦重と定信の次のやりとりである。

 蔦重が『一人遺傀儡石橋』を見せながら「源内先生が書いたんじゃねえんですね」というと、定信がこう種明かしをした。

「それは三浦の話をもとに私が書き起こしたものだ」

 まるで源内が書いたような戯作を定信が書いたというのだから、本来ならば、荒唐無稽になりそうな話だ。

 だが、史実において定信は文学愛好家で『源氏物語』を耽読。全54帖に及ぶ長編にもかかわらず読破し、さらに7回も書き写したというから、その愛情はやや常軌を逸している。しかも、定信自身も若い頃には黄表紙の作品を書いており、創作にも熱を上げたということも分かっている。

 ドラマではそこまでの描写はないものの、定信がいかに黄表紙を読むのが好きだったかは、視聴者にもよく伝わっていたはずだ。

 あれだけ出版規制を行った定信が個人としては文学を愛していたというのは、今回の大河ドラマで広く知られることになった、実像にも即した意外な素顔である。そんな定信ならば、源内をまねて黄表紙を書き上げてしまうくらいのことは、やってのけても不思議ではない。

 誰が見てもフィクションと分かるほど大胆に脚色して物語を盛り上げながらも、史実をもとにした要素が散りばめられているところが『べらぼう』の面白さである。最終回まで残すところあと数回というところで、改めてそのことを実感した。