放送クライマックスに向けて始まった「大いなる助走」
当然、これだけのプロジェクトを実行するとなれば、費用もかさむというもの。
蔦重は定信に資金援助を申し出るが、そこはすでに老中は辞めたとはいえ倹約派の定信。「お前のほうで工面せよ」といったんは断るが、蔦重が「吹けば飛ぶような本屋は、金繰りの苦しさに耐えかねて、つい愚痴の一つも漏らしちまうかもしれません」と脅すようなことを言いながら、こう呼びかけた。
「そういえば、この仇討ち、奉行所にお届けはお出しに?」
これには定信も観念して、蔦重に金貨を渡して資金援助することになった。というのも、蔦重の言う仇討ちをするには、届け出が必要だった。
父母や兄・姉といった自分より上の世代の親族が殺されてしまった場合、主君を通じて、幕府の三奉行に届けの提出を行う。奉行所が所定の帳簿に記載するので、その写しを受け取ってから、仇討ちを行わなければならなかった。
あくまでも「自分より上の世代の親族」に限られていたので、妻子や弟・妹が殺害された場合には、原則的には仇討ちは認められなかった。定信の場合、黒幕の一橋治済はそもそも仇討ちの対象者としてふさわしくない。
そこを蔦重は指摘し、定信に揺さぶりをかけて「写楽誕生プロジェクト」の資金を得たのであった。これまで煮え湯を飲まされてばかりだった定信相手に、蔦重が一矢報いるかたちとなった。
江戸城では、将軍の家斉と父の治済の間に、隙間風が吹き始めたようだ。蔦重らの協力のもと、定信がどんな復讐劇を行うつもりなのか。クライマックスに向けて、大いなる助走が始まった。最終回でどんな着地点を見せてくれるのかが楽しみだ。
次回は「曽我祭の変」。蔦重は歌舞伎の興行に合わせて、絵師・東洲斎写楽の役者絵を売り出すことになる。
【参考文献】
『平賀源内』(芳賀徹著、朝日選書)
『平賀源内』(新戸雅章著、平凡社新書)
『新版 蔦屋重三郎 江戸芸術の演出者』(松木寛著、講談社学術文庫)
『蔦屋重三郎』(鈴木俊幸著、平凡社新書)
『蔦屋重三郎 時代を変えた江戸の本屋』(鈴木俊幸監修、平凡社)
『宇下人言・修行録』(松平定信著、松平定光著、岩波文庫)
「蔦重の復活と晩年 その後の耕書堂」(山村竜也監修・文、『歴史人』ABCアーク 2025年2月号)
