全く守られていない米ロ間の軍縮条約INF

 このように時系列的に見れば、トランプ氏の核実験再開表明は、ロシアによる原子力推進の“核”ミサイルと魚雷2種の実験に触発され、対抗心を燃やしたからと考えるのが自然だろう。

 10月30日付の英ロイターによれば、トランプ氏の核実験再開表明に対し、即座に反応したロシアのペスコフ報道官は、「(ブレベスニク、ポセイドンの実験は)明らかに核実験ではない」と強調した。

 アメリカの過剰反応を諫めつつ、「世界最大の核兵器を指揮するプーチン氏は、仮にどこかの国が核実験を実施すれば、同様のことを行うだろう」と、トランプ氏をけん制した。

 それと並行して挑発も忘れない。ウクライナ外相は、10月31日にロシアが新型の地上発射型長距離巡航ミサイル「9M729」を攻撃に用いたと発言した。これが事実なら「9M729」の実戦デビューとなる。

 この「9M729」は最大射程2500km以上で核弾頭も搭載可能なため、射程500~5500kmの地上発射型中距離ミサイル(核・非核に限らない)の全廃を定めた、米ロ(旧ソ連)間の軍縮条約INF(中距離核戦力全廃条約)に抵触すると、アメリカが以前から非難するアイテムだ。

ロシアの地上発射型長距離巡航ミサイル「9M729」と発射台(写真:AP/アフロ)

 並行してINFでアメリカが「縛り」を受けていることを好機として、中距離弾道ミサイル(IRBM、射程3000~5000km)や、準中距離弾道ミサイル(MRBM、射程1000~3000km)をはじめ、この種のミサイル開発に拍車をかける中国にもアメリカは警戒感をあらわにしている。

 第1次トランプ政権は2019年に、「9M729」の違反を理由に、同条約を破棄している。その後、アメリカは挽回とばかりに、トマホークの「核搭載化」復活に拍車をかけ、2023年から大型軍用トラックにランチャーを搭載した地上発射型の「タイフォン」を米陸軍に配備した。

米陸軍が2023年から配備を始めた「タイフォン」中距離ミサイル・システム。地上発射型トマホークの運用が可能で、核搭載型トマホーク用ランチャーとして使用するのではないかと注目されている(写真:米陸軍サイトより)

「在庫不十分」を理由にトマホークの対ウクライナ供与を見送る構えのトランプ氏だが、ここにきて気になる動きがあった。

 米CNNテレビによると、トランプ氏とゼレンスキー氏との会談が行われた10月17日、統合参謀本部がホワイトハウスに「トマホークを供与しても備蓄に悪影響を及ぼさない」と報告していたという。事実であれば、トランプ氏はトマホークに余裕があるにもかかわらず、ゼレンスキー氏にウソをついたことになる。

 あるいは「宿敵ロシア、ウクライナ支援」の思いが強い米軍の制服組の中枢である統合参謀本部が、プーチン氏の顔色を窺いトマホークのウクライナ供与に踏み切れないトランプ氏に対し、メディアに情報をリークして背中を押したのではないかと読む向きもある。

 トマホークのウクライナ供与で、本当に核戦争が起こってしまうのは避けたいが、一方で中ロの核開発競争に遅れを取ることは許されない、というトランプ氏のジレンマが垣間見える。

米核戦力の1つB-52爆撃機。AGM-86C核搭載の空中発射巡航ミサイル(SLCM)を搭載(写真:米空軍サイトより)