目立ちはじめた民進党政権の強権ぶり

 教育現場で、学生のイデオロギー対立が激化する状況は、これ以前に、すでに起きていた。

 たとえば昨年11月、馬英九基金の招待で台湾を訪問した中国の大学生たちと学生交流を行った台湾大学社会科学院学生会長が、民進党派学生からリコール請求を受け、今年2月18日、賛成116票、反対18票で学生会長を罷免された事件もあった。

 この学生会長は中国のエリート学生との交流は、台湾大学にとっても社会科学院にとっても良いことだ、とフェイスブックで主張していた。だが、台湾教育当局は、中国の統一戦線工作から青少年を保護するために、台湾内の公私立大学と中国の統一戦線部や解放軍と関係のある大学との学生交流を禁止すると通達していた。

 台湾の学生は伝統的に民進党支持者が多く、そして政治運動に積極的に参加してきた歴史がある。台湾の民主化を推進したのは野百合学生運動であった。最近では中国と台湾の不平等なサービス貿易協定において、中身が国民に説明されないまま締結されるのを阻止した2014年のひまわり学生運動も有名だ。

 こうした学生運動は台湾政治史の中でポジティブに評価されてきた。だが、こうした学生運動が支持されてきたのは、あくまでも国民党政権の独裁的な権力に対して徒手空拳の若者が抵抗していたからだ。

 ところが現在起きている現象は、権力サイドの与党民進党が学生を動員しているという形になり、これまでの「独裁的権力に抵抗する若者」という構図が成り立たなくなっている。むしろ、民進党政権の強権ぶりが目立つようになってきているのだ。

 頼清徳総統は3月13日に招集したハイレベル国家安全保障会議で、中国の統一戦線工作やスパイ活動に対する懸念を説明し、中国を国外敵対勢力と定義し、中国の脅威への対策17項目を挙げた。そこで強く打ち出されたのは、立法委員、地方議員などの公職者や、学生などの若者が中国側との交流を通じて、取り込まれ統一戦線工作、スパイ活動、浸透工作の駒に利用される懸念だ。

 中国側の工作の狙いは、台湾世論を分断し、社会を不安定化させ、親中派、内通者を増やし、選挙の結果に影響を及ぼしたりして、内部から弱体化させていくことだ。

 だが、こうした中国への警戒から、選挙で選ばれた立法委員の大量リコールを仕掛けたり、学生交流に制限をかけたりすることが、さらに世論の分断を招き、政権与党への不信、社会不安を募らせ、内部の弱体化を引き起こすというジレンマに陥っている。

 この与野党リコール合戦によって最終的に何人の立法委員が罷免されるのか、あるいはされないのか。また数人の立法委員の罷免が成立したとして、補選によってねじれ国会が解消されるのか。いまのところ見通しはたっていない。

 だが、混乱が長引くことによって、一番ほくそ笑んでいるのは中国に違いない。台湾有事は日本の有事であり、台湾の安定は日本の安定につながると思えば、一刻も早く与野党で台湾民意の落としどころを見つけて協力すべきは協力してほしいと願うばかりだ。

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。