スパイマスターはドイツ決済会社の元最高執行責任者

 3月7日、英中央刑事裁判所でブルガリア人スパイ3人が有罪評決を受けた。他に英国における「リングマスター」ら3人が有罪答弁。さらにソフィア在住で空港勤務の女性がフライト情報を入手。別の女性がグロゼフ氏宅の向かいの部屋を借り、監視カメラを設置していた。

 この8人を遠隔操作していたのが「スパイマスター」のオーストリア人実業家ヤン・マルサレク容疑者だ。マルサレク容疑者は20億ユーロ近い不正会計で経営破綻したドイツの決済会社ワイヤーカードの最高執行責任者(COO)で、20年にロシアに逃亡している。

ミュンヘン警察によるヤン・マルサレクの指名手配書。彼がブルガリア人スパイに指示を出していたとされる(Polizeipräsidium München (Munich Police Department), Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で)

 マルサレク容疑者は英国のリングマスターと7万8747件ものメッセージを交わし、少なくとも6つの作戦を企てた。英ノーフォーク州の海岸沿いにある隠れ家から221台の携帯電話、55台の監視カメラ、盗聴器、55人分の偽造パスポートや身分証明書などが押収された。機材だけで3400万円相当だ。

 軍用盗聴装置を使い独シュトゥットガルトの米軍基地でミサイル防衛システム「パトリオット」の訓練を受けるウクライナ軍兵士の携帯電話番号を盗む作戦もあった。ウクライナ和平を巡る米露交渉が進むが「プーチンの戦争」はすでに欧州全域に広がっている。

【木村正人(きむら まさと)】
在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争 「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。