「僕はこれから25年間、95歳まで授業をやります」

大西:リクルート事件の騒ぎが下火になった1993年、ロンドンに留学されます。

藤原:当時37歳で、リクルート事件やダイエー騒動(※)の時の役員たちのドタバタを見るにつけ、「リクルートで偉くなってもしょうがないか」と思うようになりました。江副さんの物語の中で自分の人生を終わらせるつもりもなかったし。

※1992年にダイエーが江副氏が保有していたリクルート株を買い、リクルートが事実上、ダイエー傘下に入った

 とにかく「哲学しなきゃ」と思って、ヨーロッパの成熟社会を見てこよう、と。リクルートは辞めようと思ったんですが、留学扱いにしてくれるというので、籍を置いたままロンドン大学に行きました。

 ロンドンとパリに2年半いて感じたのは、成熟社会ができる上で大切な要素は教育、介護を中心にした医療、住宅、組織を超えた個人のつながりの4つだと。その頃、6歳、2歳、0歳の子供がいたので、教育改革をやろう、息子たちの成長を見ながら生の教育をやろうと考えました。

 その後、リクルートに戻ってフェローになるんですが、1998年に宮台真司さんと、うそのない世のなかのしくみの教科書と謳った『人生の教科書〔よのなか〕』という本を出しました。

大西:日本の教育をどう改革しようと?

藤原:中学の公民の教科書を開くと、最初に和銅開珎の写真が載っていて「貨幣とは何か」という中学生から一番遠いところから始まっている。そこで、「ハンバーガー1個から世界が見える」とか「いじめ」とか「自殺問題」から社会を学ぶ「よのなか科」を作りました。

 最初に言ったように、正解を教えるんじゃなくて、先生と生徒が一緒に議論する。

 例えば、「自分の体をどこまで変えていいか」。つけまつ毛はすぐ取れるから問題ない。じゃあ体に穴をあけるピアスは? 性転換は? 安楽死は?と議論していく。答えなんかないですよ。でも、生徒はこうした問題を「自分ごと」として考える。

大西:アクティブラーニングですね。具体的にはどうやって授業を進めるのですか?

藤原:今は僕の親父の故郷でもある山梨県の知事特別顧問として、山梨の高校で「よのなか科」をやっています。僕の授業はスマホ持ち込みOK。Wi-Fiにつなぎっぱなしで議論を進めます。常に自分の脳を世の中とつなげたままで授業を受けて欲しいんです。

 昔の授業で先生が「質問ある人」というと、クラスの5人くらいが手を上げて、そのうち2、3人が優等生で、後は目立ちたがり屋。残りの生徒は黙っているわけですが、スマホからLINEの要領で意見を書かせると、口でしゃべるよりはるかに雄弁になる。今の子は2分で200字くらい打ってきますよ。思考力を高めるには文章を書かせるのが一番いい。

 スマホ授業の効能は、山梨県の教育委員会の人たちに10回、20回と目撃させたからね。文句は言わせません。

 僕はこれから25年間、95歳まで山梨で授業をやります。あと25校くらいやると山梨県のすべての高校でやることになり、30人くらいはアクティブラーニングの授業ができる先生が育つ。それでようやく山梨の教育が変わると思っています。

 僕はかれこれ20年、教育の仕事をやっていています。でも、大勢の先生が視察に来て、みなさん「素晴らしいですね」と言うんですが、「ウソつけ。帰ったら絶対にやらないだろ」と思っています。25年間続けて、山梨県で徹底的に常識化するしかないんです。

『起業の天才!江副浩正 8兆円企業リクルートを作った男』を上梓した大西康之さん『起業の天才!江副浩正 8兆円企業リクルートを作った男』を上梓した大西康之さん