彼女は抽象画のパイオニアか?

もうひとつ、現在のヒルマ・アフ・クリント人気に拍車をかけているのが、「アフ・クリントが抽象絵画の最初の存在であるか」という論争だろう。「最近のアフ・クリント展では“カンディンスキーに先駆けて抽象絵画を描いたパイオニア”といった言葉が売り文句として使われてきた。それが人々の関心を引いていることは間違いない」(三輪健仁氏)。
近代美術史の世界では、「1911年にカンディンスキーらが青騎士展を開催し、抽象画というジャンルを誕生させた」というのが、MoMA(ニューヨーク近代美術館)も認める“正しい歴史”として定着している。だが、アフ・クリントが「神殿のための絵画」の制作にあたり、抽象表現を用いたのは1906年のこと。「神殿のための絵画」を抽象画とするならば、パイオニアはアフ・クリントということになる。
この見解が正当かどうか、論争が巻き起こっている。「女性であるため正当な評価が得られてこなかったし、現時点でも得られていない」というジェンダー論の視点での意見もあるし、「霊的なものに依頼されて描いたオカルト性の強い作品を美術史の中で語るべきか」といった声もある。
「これまでの美術史に、“スピリチュアリズムの強い影響のもとで制作されたものを美術と呼べるのか”という見方があったのは事実。神秘主義と美術の関係性を、美術史上にきちんと位置づけることはいまだに難しい問題だが、ヒルマ・アフ・クリントの登場によって美術史が書き換えられるのだとしたら、それは一体どのような書き換えなのかを含めて、今後丁寧に検証していく必要がある。日本での展覧会がこうした課題の解決を少しでも前進させることにつながればうれしい」(三輪健仁氏)。
今言えるのは、ヒルマ・アフ・クリントの作品には世界を夢中にさせるだけの「力」があるということ。彼女の唯一無二のヴィジョンは、永遠に見つめていたくなるほど神秘的だ。
「ヒルマ・アフ・クリント展」
会期:開催中~2025年6月15日(日)
会場:東京国立近代美術館 1F 企画展ギャラリー
開館時間:10:00~17:00(金曜日、土曜日は10:00〜20:00) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、5月7日(水) ※ただし3月31日、5月5日は開館
お問い合わせ:ハローダイヤル 050-5541-8600