大谷効果で日本での市場をさらに拡大へ

 メジャーは投球間隔の時間に制限を設けるなど、伝統的なルールを変えてでも、試合時間の短縮に舵を切って、スピーディーな試合展開を好む若者層の取り込みを図る。その一方、マーケットを拡大するためには、米国外でのビジネス展開が不可欠となっている。

 戦略の一つが国外での公式戦の開催だ。

 1996年にメキシコで初めて行われ、その後もプエルトリコでも盛んに行われてきた。近年は新たな市場を切り開く姿勢が鮮明で、欧州の英国・ロンドンで19年に初開催し、23、24年も続けて実施。昨季はドジャースとパドレスの開幕戦が韓国・ソウルで行われ、移籍1年目の大谷選手やパドレスのダルビッシュ有投手らがプレーしたことで話題を集めた。

 野球は、バスケットボールやサッカーに比べ、盛んな地域が北中南米と日本や韓国、台湾の東アジアにほぼ集中する。こうした中で、メジャーにとって米国に次いで市場規模が大きな日本は、大谷選手らの活躍もあり、メディアの露出機会も多く、魅力的なことが今回の公式戦実施の背景にもある。

 メジャーが、日本で最初に公式戦を実施したのは2000年だった。1995年に野茂英雄氏が海を渡って以降、日本の選手が後を追うように挑戦を続け、メジャーリーグの認知度も高まってきた時期と重なる。

 2004年には元巨人の松井秀喜氏が所属するヤンキースがレイズと対戦し、08年は「平成の怪物」と呼ばれた松坂大輔氏らのレッドソックスが来日した。12、19年はイチロー氏らがプレーするマリナーズが公式戦を行い、19年はイチロー氏の引退試合にもなった。メジャーが日本でビジネスを展開し、日本のファンにとっても、現役メジャーの日本選手を目にする機会は歓迎されてきた。

 大谷選手の存在は中でも別格だ。ドジャースは大谷選手が移籍した昨年、日系企業の幅広い業種12社とスポンサー契約を結び、7000万ドル(約100億円超)の増収につなげた。昨季のワールドシリーズの日本国内の1試合平均視聴者数も1210万人に上った。

 これは米国内の同1580万人と比較すれば、いかに驚異的な数字かがわかる。今回は試合に先立ち、IT企業の「SCSK&ネットワンシステムズ」がMLBと2年間のオフィシャルパートナー契約を結ぶとともに、東京シリーズのスポンサー契約となり、ロゴマークが公式ヘルメットに入ることが発表された。

 ドジャースが2月、日本在住のファン向けに解説した公式ファンクラブ「Dodgers Fan Club」は、開幕戦の観戦チケットを先着購入できる「MVP会員」が年会費7万5000円と高額にもかかわらず、受付開始から数分で1200人の募集定員に達した。いずれも“大谷効果”といえるだろう。

 TBSの情報番組「ひるおび」の3月17日の放送では、ドジャースの今回の来日による経済効果について、関西大の宮本勝浩名誉教授が「約40億円の経済効果をドジャースはつくり出す」というコメントを紹介している。大熱狂の試合の舞台裏で、日本でのさらなる市場開拓を狙うメジャーはしっかりとそろばんを弾いている。

田中 充(たなか・みつる) 尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授
1978年京都府生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。産経新聞社を経て現職。専門はスポーツメディア論。プロ野球や米大リーグ、フィギュアスケートなどを取材し、子どもたちのスポーツ環境に関する報道もライフワーク。著書に「羽生結弦の肖像」(山と渓谷社)、共著に「スポーツをしない子どもたち」(扶桑社新書)など。