この30年経験したことのない0.75%という政策金利

 より実質のリターンが高いビジネスへヒト・モノ・カネを動かしていかないと、いつか日本経済として買わなくてはいけないものが買えなくなるのではないか。実質のリターンがより高い分野へとヒト・モノ・カネを動かしていくということは、すなわち日本経済の供給構造を変えていくことにほかならない。

 思えば、日本のバブル崩壊は、日本経済が欧米に追い付き、同じ土俵でイノベーションを競わなくてはいけない、まさにその時期に起こった。そのバブル崩壊で日本の企業経営は大きく保守的なスタンスに舵を切ったため、イノベーションを育む環境は今なお十分には整っていない。

 実質金利がプラスの世界を目指すには、日本経済発のイノベーションをもっと生み出していかなければならない。中国企業の生成AI「DeepSeek」が大きな話題になっているが、日本発の新しい生成AIがあっても良いのだ。

 しかし、しばしば「千三(せんみつ)」と言われるように、イノベーションの失敗確率はキャッチアップ型の経営よりもずっと大きい。逆に、そういう低い成功確率であるからこそ、成功した場合のリターンも高くなる。

 新しい挑戦が多くなる分、失敗者もより多く出てくる。そしてその失敗にこそ、次の成功のタネが宿る。一度失敗した者が二度とレースに参加できないなら挑戦の意欲も萎れる。再挑戦の機会も一層重要だ。企業の成長パターンは、バブル崩壊以前のそれとはかなり違ったものになるはずだ。

 もちろん、そうした方向に向かうと、欧米社会のように勝ち組と負け組のコントラストがきつくなるだろう。30年余を経て再び追い付きを余儀なくされた日本経済としても、そこは欧米に学びたい。

 日本は新興国に急速に追い上げられ、そして安全保障上の環境が大きく変わろうとしている。さらには、この30年経験したことのない0.75%という政策金利が視野に入った。いよいよ日本経済がイノベーション志向になり、プラスの実質金利を享受できるような転換が求められている。

神津 多可思(こうづ・たかし)公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事。1980年東京大学経済学部卒、同年日本銀行入行。金融調節課長、国会渉外課長、経済調査課長、政策委員会室審議役、金融機構局審議役等を経て、2010年リコー経済社会研究所主席研究員。リコー経済社会研究所所長を経て、21年より現職。主な著書に『「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか』『日本経済 成長志向の誤謬』(いずれも日本経済新聞出版)がある。埼玉大学博士(経済学)。