王侯貴族の肖像画を「かぼちゃ」呼ばわり

 少佐と美術といえば、なによりもまず、彼の家に代々伝わる『紫を着る男』だ。少佐が初登場した第2話でさっそくこの絵も登場し、「それ一枚でレオパルド戦車が一台買える」とのたまって、「鉄のかたまりに換算するとは」と伯爵を呆れさせる*4。両者の価値観の違いがよくあらわれたエピソードである。

*4 『エロイカより愛をこめて』第1巻90ページ。

 この絵のように、縦長の画面に全身を描いた肖像画は、スペインやフランス、イギリスなどの絶対王政国家で数多く描かれた。小規模なパトロンではなく王侯貴族が好んだスタイルで、それだけコストがかかる。

『紫を着る男』はルネサンス以降の貴族が身につける宮廷ファッションの典型で、タイツの上にある膨らんだ短胴着は少佐によって「かぼちゃ」呼ばわりされている。

『エロイカより愛をこめて』第12巻130ページより ©︎青池保子/秋田書店『エロイカより愛をこめて』第12巻130ページより ©︎青池保子/秋田書店

西洋絵画でしばしば注目される「服の色」

『紫を着る男』という素敵なタイトルは、17世紀オランダの画家バルトロメウス・ファン・デル・ヘルストの『黒を着る男』(ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク)やヴェネツィア派のジョヴァンニ・ベッリーニによる『赤衣の青年』(ワシントン、ナショナル・ギャラリー)など類例が多くある。

 そのうち、青色ヴァージョンで最も有名なのがトマス・ゲインズバラの『青い衣の少年』で、おそらく商家の子息を描いたものと考えられている。アメリカの鉄道王ハンティントンが当時としては破格の価格で購入したことで話題となり、「男の子のものは青色」というイメージができるもととなった。

『青い衣の少年』トマス・ゲインズバラ作、1770年、ハンティントン・ライブラリー(アメリカ・サンマリノ)所蔵『青い衣の少年』トマス・ゲインズバラ作、1770年、ハンティントン・ライブラリー(アメリカ・サンマリノ)所蔵

 一方、ヴェネツィア派ルネサンスの巨匠ティツィアーノによる『カール五世』は、エーベルバッハ家の肖像画に近い雰囲気をたたえている。当代一の画家ティツィアーノに肖像画を描いてもらうことは、当時の各国宮廷の人々にとって一種のステイタス・シンボルとなっていた。ハプスブルク家の血をひくカール五世は、神聖ローマ皇帝とスペインとイタリアの王を兼ねる、ヨーロッパ一の権力者である。