彼の肖像画は多いが、ティツィアーノは大きな犬を従える皇帝の姿を1533年に描いた。非常に名高い作品だが、実はまったく同じ構図の絵がもう一枚あって、そちらは『エロイカ』にも名前が登場するヤーコプ・ザイゼネッガーが1532年に描いている。ティツィアーノはこれをモデルに使って作品を描いた。つまりは模写だったわけだ。

『猟犬を伴う皇帝カール五世』ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作、1533年、プラド美術館(スペイン・マドリード)所蔵『猟犬を伴う皇帝カール五世』ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作、1533年、プラド美術館(スペイン・マドリード)所蔵

 皇帝は股間にコッドピース(ブラゲッタ)を付けている。当時よく用いられたパーツで、もちろん男性的魅力をアピールするためのものだ。肩幅も異様に広いが、こちらは力強さや包容力を強調する定型表現である。さらに、犬もかなりの大型犬種であることにお気づきだろうか。大型犬を手なずける仕草は、とりもなおさず彼が大国を支配していることのメタファーなのである。

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