
冷戦時代の情報戦を描いたスパイアクション・コメディである不朽の名作『エロイカより愛をこめて』。作者である、少女漫画界の巨匠・青池保子の特別展「漫画家生活60周年記念 青池保子展 Contrail 航跡のかがやき」が2025年2月1日から東京・弥生美術館で開催されている。本展は、過去の展覧会では出品されなかったモノクロ原稿などをあわせ、約300点の原画により構成。
青池作品を愛する著者が専門分野から『エロイカより愛をこめて』の作品世界に迫る。第1回は、国際政治学者の大庭三枝氏が、国際情勢の側面から読み解く。(JBpress編集部)
(大庭三枝:神奈川大学法学部教授、国際政治学者)
※本稿は太陽の地図帖『青池保子『エロイカより愛をこめて』の世界』(太陽の地図帖編集部編、平凡社)より一部抜粋・再編集したものです。
東西の対立をコミカルに描いた『エロイカ』の世界
国際政治学に関心を持ち、この分野を専攻しようと考えたきっかけの一つは、『エロイカより愛をこめて』との邂逅にあった。
私が『エロイカ』を読み始めたのは中学時代である。ちょっと大人びた、情報通の同級生が単行本を貸してくれたのだ。第3巻あたりではなかったかと記憶している。すでに少佐は伯爵とともに主役を張り、少女漫画としては線の太い、がっしりしたガタイの男たちと、世界を股にかけて攻防戦を繰り広げていた。
以来、『月刊プリンセス』の発売日である毎月6日を心待ちにするようになった。もちろん、単行本も買いそろえた。今は、普段持ち運ぶKindleの中に全巻入っている。
冷戦からデタント、そして「新冷戦」へ
「冷戦」の開始と終焉には諸説あるが、一般的には1940年代後半に始まり90年前後に終わりを迎えたとされる。アメリカを頂点とする西欧諸国の「資本主義・自由主義」と、ソ連及びその衛星国である東欧諸国の「共産主義・社会主義」による「東西対立」が基本的な構図だが、内実は複雑で、緊張の度合いにも起伏があった。
『エロイカ』の連載が始まった1976年は「デタント」と言われる、東西間の緊張緩和が見られた時期であった。第5話「劇的な春」で、米ソ首脳が(お互いに腹に一物ありつつ)平和会談を行なうのは、当時のムードを反映したものだろう。
しかし、79年12月のソ連のアフガニスタン侵攻を直接的なきっかけとしてデタントは吹き飛び、世界は「新冷戦」へと突入した。81年1月に就任したレーガン大統領はソ連を「悪の帝国」と批判し、対ソ強硬姿勢を明確に打ち出した。ソ連も態度を硬化させ、ブレジネフに代わりソ連の指導者となったアンドロポフは、核軍拡や戦略防衛構想(SDI)などを推し進めるレーガン政権に対して強い警戒心を示した。