冷戦終結、そして新冷戦の時代へ

 冷戦が終結して、『エロイカ』の連載は止まってしまい、「もう伯爵や少佐やミーシャの物語の続きはないのか」とさみしく思っていた。が、95年に『エロイカ』の連載は再開された。新生『エロイカ』は、新冷戦時代の『エロイカ』よりも、敵と味方がよりはっきりしない国際政治の現実を反映したエピソードが多い。

 例えば、テロリストや反政府勢力の暗躍、中国のエージェントなど、「西側vs東側」という対立軸に収まらない、新たな脅威がもたらされる物語が多く描かれている。

 また、NATO加盟を望むバルト三国に対し、ロシアを刺激しNATOの任務が重くなるとしてこれを躊躇するドイツとフランスの立場を描き、そこに少佐の任務を絡めるなど、わかりにくい国際政治の現実をうまく織り込んでいる。

 冷戦時代の『エロイカ』は私の記憶に鮮明に残っているけれども、冷戦が終わり、より複雑化した国際政治をうまく織り込みつつ、伯爵や少佐、ミーシャなどを大暴れさせる新生『エロイカ』も、とてもエキサイティングである。

もし今の世界を伯爵や少佐が見ていたら

 現在、『エロイカ』の最新話は、2012年に発表された番外編「コッツウォルズの手稿本」である。

 現実の世界では、10年以上の時が流れた。14年にロシアはウクライナ領だったクリミア半島を併合し、22年に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、未だ終わりが見えない。さらにイスラエルとパレスチナの紛争は激化をたどり、近隣の中東諸国を巻き込み、拡大しつつある。『エロイカ』にもたびたび登場したレバノンの首都ベイルートは、イスラエルからの空爆にさらされている。

 少佐や伯爵、ミーシャ、そしてサバーハは、この現状をどう見ているのであろうか。

 緊張の度合いを高め、不安定化する国際情勢を見つめながら、彼らが新たに奮闘する姿を待ち望んでいる。

「青池保子『エロイカより愛をこめて』の世界を読み解く」そのほかの記事はこちら
『エロイカより愛をこめて』エーベルバッハ家の家宝『紫を着る男』は何者?
『エロイカより愛をこめて』魅力的な登場人物の元ネタはやはりあの映画?