いくつもの価値基準がある社会に

 こうして振り返ると、「みんなの森」は広大な森の中の点に過ぎないが、LC尾鷲を結節点に、さまざまな人や企業とつながりつつあることがわかる。押し寄せる高齢化と人口減少の奔流を前に、いったんは無力感を覚えた芝山有朋(尾鷲市水産農林課長)だが、林など外部の人間とつながることで、再び希望の光が灯り始めている。

 もちろん、本来の目的である林業の再生は道半ばだ。こちらのほうは木材需要や木材価格という外部環境に左右されるだけに、すぐにどうこうできるような話ではないが、打ち捨てられていた森に人とお金が入り始めたのはポジティブな変化だろう。

 そして、この循環を支えているのは、「みんなの森」のワークショップやクレジットの販売、自治体、企業、地元住民との間の調整に走り回っているLC尾鷲のメンバーである。

 正直なところ、林の掲げるLocal Coop構想は壮大で、話している内容も抽象度が高い。その言葉を地域の人々がわかるように翻訳し、実際に実装するという仕事はかなりの難易度だが、LC大和高原のメンバーを含め、それを丁寧に続けている。彼らが機能しなければ、Local Coop構想は机上の空論である。

 このように、NCLが提唱するLocal Coopは地域ごとに形を変えながら、少しずつ成長している。先行しているのは奈良市と尾鷲市だが、鹿児島県龍郷町や静岡県浜松市(旧水窪町)など、ほかの地域でもLocal Coopの立ち上げに向けた協議が進んでいる。実際に動き始めたプロジェクトを見れば、関心を持つ自治体も増えるだろう。

【図表】Local Coop構想とは。ひと目でわかるポンチ絵。Local Coop構想とは。詳細は第2話をお読みください。
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 林が見据えるポスト資本主義社会とは、表現を変えれば、いくつもの価値基準がある社会である。

海や川などの共有財産に価値を見出し、未来に引き継ぐ社会。
自分たちのコミュニティの未来を自分たちで決められる社会。
自分たちの食べるものは、できるだけ自分たちの手で作ろうとする社会。
一律の教育ではなく、地域と自然のつながりを感じることのできる社会。
社会問題の解決に挑む起業家が自由に活躍できるような社会。
自分たちの属するコミュニティを自らの手で選び取れる社会。

 そういった特色のあるコミュニティが各地に誕生し、それが有機的につながれば、より居心地のいい社会になる。それがさらに発展すれば、自治体のみならず、国そのものを代替するような存在になる可能性もないとは言えない。

 さまざまな制度や枠組みが揺らいでいる今の時代、Local Coopがそのプラットフォームになる可能性を秘めている。(終わり)

篠原 匡(しのはら・ただし)
編集者、ジャーナリスト、蛙企画代表取締役
1999年慶応大学商学部卒業、日経BPに入社。日経ビジネス記者や日経ビジネスオンライン記者、日経ビジネスクロスメディア編集長、日経ビジネスニューヨーク支局長、日経ビジネス副編集長を経て、2020年4月に独立。著書に、『人生は選べる ハッシャダイソーシャルの1500日』(朝日新聞出版)、『神山 地域再生の教科書』(ダイヤモンド社)、『誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課』(朝日新聞出版)
など。『誰も断らない 神奈川県座間市生活援護課』で生協総研賞、『神山 地域再生の教科書』で不動産協会賞を受賞。