3.防衛装備移転三原則制定後の海外移転事例
(1)ウクライナへの防弾チョッキの無償提供
ロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まった2022年2月末、岸信夫防衛大臣宛に、ウクライナのオレクシー・レズニコフ国防相から、「防御用の兵器、兵站、通信、個人防護品」などの支援要請が届いた。
2022年3月8日、政府は国家安全保障会議(NSC)で武器輸出三原則の運用指針を改定し、ウクライナへの防弾チョッキやヘルメットなどの提供を正式に決めた。
防弾チョッキは三原則で定める「防衛装備品」にあたり、無償提供や輸出といった海外移転の規制を受ける。
運用指針は、相手国を「米国をはじめ我が国との間で安全保障面での協力関係がある諸国」などに限定するなどしている。
そうした規定に今回の事例が該当しなかったため、「国際法違反の侵略を受けているウクライナに対して自衛隊法第116条の3の規定に基づき防衛大臣が譲渡する装備品等に含まれる防衛装備の海外移転」との項目を追加した。
政府はウクライナを「国際法違反の侵略を受けている」国と明記し、その上で、今回のやむを得ないケースに限定するという形をとり、運用指針に新たな1項目を加える案をひねり出し、防衛装備品の防弾チョッキを送れるようにしたのである。
付言するが、追加された項目の文言は、後に「国際法に違反する侵略や武力の行使又は武力による威嚇を受けている国に対する防衛装備(自衛隊法上の武器及びその技術情報を除く)の海外移転」と改正されている。
(2)OSAによる防衛装備品の無償での供与
政府は、2023年4月5日に他国の軍隊に防衛装備品などを無償で供与する新しい枠組み「政府安全保障能力強化支援(OSA:Official Security Assistance)」を創設した。
OSAは、開発途上国の経済社会開発を目的とする政府開発援助(ODA)とは別に、同志国の安全保障上のニーズに応え、資機材の供与やインフラの整備等を行う、軍等が裨益者となる新たな無償による資金協力の枠組みである。
OSAは、国際協力の戦略的な活用の枠組みの一つであり、かつ総合的な防衛体制の強化のための取組の一つであると言える。
無償資金協力で行うため、原則として開発途上国が対象であり、防衛装備移転3原則と運用指針の枠内で実施される。
すなわち5類型(救難、輸送、警戒、監視および掃海)に限定される。
OSAの2023年度の実施案件は次の通りであった。月日は書簡の署名・交換日である。
①2023年11月3日、フィリピンに沿岸監視レーダーシステムを供与(6億円)
②2023年11月15日、バングラデシュに警備艇を供与(5.75億円)
③2023年12月16日、マレーシアに救難艇等および警戒監視用機材を供与(4億円)
④2023年12月18日、フィジーに警備艇・水中カメラ等を供与(4億円)
2024年度予算においては、厳しさを増す国際情勢の中でOSAの重要性が高まっているとして、2023年度の約2.5倍となる50億円が計上された。
また、OSAに係る体制を強化するため、2024年8月1日には、担当部署である外務省総合外交政策局に置かれた「安全保障協力室」が格上げされ「安全保障協力課」が設置された。
政府は、2024年度のOSA対象国にフィリピン、インドネシア、モンゴル、ジブチを選定しており、各国の実情に応じて、警戒監視や航空管制に用いるレーダーなどを供与する。
①2024年12月5日、フィリピンに警戒監視用機材を供与(16億円)
②2024年12月25日、ジブチに沿岸監視レーダーシステム等を供与(11億円)
③2025年1月10日、インドネシアに高速警備艇を供与(10億円)
④モンゴルについては、現時点(2025年1月末)で、OSA案件に関する書簡の署名・交換が行われていない。
しかし、2024年12月11日に「防衛装備品及び技術の移転に関する日本国政府とモンゴル国政府との間の協定」の署名は行われている。
付言するが、ウクライナへの侵攻にからみ、国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ているロシアのウラジーミル・プーチン大統領が2024年9月2日から3日にかけてモンゴルを訪問し、モンゴルのオフナー・フレルスフ大統領と公式会談を行った。
プーチン氏がICC加盟国を訪れたのは初めてである。
モンゴルは、国際刑事裁判所の加盟国であるため、プーチン大統領が入国した場合、逮捕する義務があった。
モンゴルの今回の行動は、日本が標榜する「ルールに基づく国際秩序」という価値観とは相いれない。
従って、筆者はモンゴルは日本の同志国に該当しないと考える。政府は、モンゴルが同志国かどうかを再検討すべきであろう。
(3)フィリピンへ警戒管制レーダーの輸出(本件はOSAの枠外である)
2023年11月2日、防衛省は三菱電機がフィリピン国防省から2020年に受注した4基のうち、1基を10月24日に比空軍に納入したと発表した。
契約の概要は次のとおり(出典:防衛省)
①契約当事者:フィリピン側・フィリピン国防省、日本側・三菱電機
②契約金額:約1億ドル
③契約内容:納入物:レーダー等
④契約成立日:2020年8月25日
2022年10月には固定式警戒管制レーダー「J/FPS3」1基の国内製造を完了し、現地での据え付け作業や検査等を実施していた。
残る2基の「J/FPS3」と1基の移動式対空レーダー「J/TPS」についても製造を進めている。
2024年3月に「J/TPS」をフィリピン空軍へ納入した。これは、2023年10月に納入した初号機「J/FPS3」に次ぐ、2基目のレーダーである。
フィリピン海軍に対しては、OSAの枠組みで沿岸監視レーダーシステム等を無償供与し、フィリピンの海洋状況把握(MDA)能力等を向上させることで、地域の安全保障の維持・強化に貢献するとともに、我が国の重要なシーレーンの安全性を高めることにつながり、我が国の安全保障にとっても意義が大きい。
他方、フィリピン空軍に対しては、上記のとおり民間企業の輸出契約により警戒管制レーダーおよび関連機材を移転することで、同レーダーの継続的な運用を支援し、フィリピンの警戒監視能力を更に向上させるとともに、我が国とフィリピンとの間の更なる安全保障協力関係の強化につながることが期待されている。
(4)パトリオット・ミサイルの米国への移転
2023年12月22日、日本政府は「防衛装備移転三原則」および「防衛装備移転三原則の運用指針」(以下、三原則等という)を改定した。
旧ルールでは、「ライセンス生産品」の部品のみ、ライセンス元国に移転することを認めていたが、新ルールでは、完成品もライセンス元国に移転できるようになった。
そして、国内でライセンス生産する地対空導弾パトリオット・ミサイル(航空自衛隊ではぺトリオット・ミサイルと称する)を米国へ移転する方針を決定した。
英BBCニュースは、これは日本の長年の平和主義政策からの転換となると報じた(出典:BBCニュース「日本、アメリカにパトリオット・ミサイル輸出へ『防衛装備移転三原則』を改定」2023年12月23日)。
政府が三原則等の改定を発表した直後、外務省は声明を発表した。
声明で、同ミサイルを「米国に移転し、米軍の在庫を補完することは、米国との安全保障・防衛協力の強化に資するとともに、我が国の安全保障及びインド太平洋地域の平和と安定に寄与するものであることを日米間で確認しており、我が国の安全保障の観点から積極的な意義を有する」と説明した。
三原則等の改正後の新ルールでも、国際紛争の当事国への武器輸出は認めていないが、新ルールにより日本から米国へのパトリオット・ミサイルの輸出が可能となったことにより、米国は自国の備蓄ミサイルをウクライナに送れるようになり、間接的に弾薬不足に苦しむウクライナを支援することになった。
米ホワイトハウスはこの動きを歓迎した。